22 宇宙暦8(528,827,915)


0:0:0~0:3:30
(略)
今まで此処でたった2ヶ月前に御勉強いたしましたが(略)、なかなかテーマに辿り着く前に色々な事が起こって参りましてね、本日只今、昨日も一昨日もですね、そういう現象の中を歩いて来ているものですから、なかなか、この前、此処でお約束したテーマに辿り着く事は不可能ですけれども、此処でお約束した事はどういう事、この日はどういう事を勉強するか?という事は私も憶えておりますから、今年の5月28日に皆様の周りにですね、光の隔壁が取れてしまった。

528

まあ、大袈裟な言葉で言えばベルリンの壁がとれてしまった。ベルリンの壁がとれてしまうと光の世界は逆ですから、ある意味では何でもかんでもが、映画のフィルムが逆転するような事になっている。そして、現実に我々が一番最初に戦争ですか?戦いというのを人間がやり出した時の一番最初の武器は何かというと「手」なんですね。

手

これは面白いんですよ、これは中々ね、調和したところ程、正解が出てこない。何故、正解が出てこないかというと、原因は簡単なんですよ。調和したところは、こういうものを武器としてお使いになっていないご家庭ばっかりだ。ところが不調和なところで、こういうお話をすると多少正解が出てくる。
人類が一番最初に使い始めた武器は何ですか?昨日、やってきたばっかりです、ご主人と。手ですって。すぐ正解が出てくる。これ大変不思議な事でしてね。

0:3:30~0:5:2
人類は一番最初に「手」を使い始める。
手
そして石を持ったり棒を持ったり弓を作ったり刀作ったり矢を作ったり鉄砲作ったり...飛行機作ったり
色々するんですけれども一番最後に。地球が始まって一番大きい戦争は第二次世界大戦ですね。
世界中の人が殆ど全部参加して二つに分かれて戦争したのが第二次世界大戦です。
じゃあそれは何で終わったかというと、たった二発の核爆弾で原子爆弾、強力な爆弾、たった二発で終わったでしょう?
そうすると、それからなんです。ベルリンの壁が壊れたり。そうすると光の世界では、528で隔壁が取れてしまうと、この次はどういう事になっていくかというと、二発の光の核爆弾から...。
こちらは戦争が終わった、ω
そうすると、こちらのは αになる
528
↓α
○
↓
○
ここから本格的な光の戦争が始まるんですね。

0:5:2~0:6:3
では光の戦争とは何か?というと人を活かす戦争です。
人を殺すのは我々の物質の世界の戦争
光の戦争というのは人を活かす戦争なんですね。
この間もあるところで深刻な論議が巻き起こったんですね。長崎というところです。私、これだけ論議が巻き起こるという事はどれだけ皆様がこういう事を真剣に考えてくださっているかという一つの証左だと思いましてね、それは何処かのスナックで10人くらいの方々ですね。最初のうちは...
ところが、その中の一人がどうも納得がいかない事がある。
光というのは調和しているのに、どうして先生が戦争なんて事を言っているか?
それでもって3時間、喧々諤々になったそうです。

0:6:3~0:7:36
私、嬉しかったですね、そのお話聞いた時にそんなにまで皆様がね、夕方のひと時、普通だったら居酒屋で一杯やりたいところをですね、光の戦争。実は私もこれお願いなのはですね、皆様も良いお知恵があったら是非貸していただきたい。(略) 表現出来ないんです。他に変えられない。というのは元来、光の世界に戦争って無いんですね。戦争って無いから光の戦争というのは確かにおかしいんだけれども、戦争と表現すると解りやすいですから、ご勘弁いただきましてね、その時に長崎に参りました時にもですね、その論議の中心になった方に良くご説明差し上げましたら、すぐに納得いたしましたと仰ってくださいました。何故かというと光はちょうどこの戦争をひっくり返す、そこから、色々な作戦から色々な事が何となく解ってくる。だから、やっぱり私達が戦争というものを痛々しいものとして受け止めておりますけれども、それじゃ我々のご先祖様、自分の血肉を賭けてやった戦争は何の為に。皆、これ、子孫の幸せの為にやっているんですね。

0:7:36~0:8:8
子孫の幸せの為にやっているのにも関わらず、それを活用しないのが、この物質の世界なんですから、やっぱり、その光の戦争という言葉自体がですね、そのある意味で言ったら、その戦争の「戦」の字って不思議なんですね。単純明快の「単」の字があるんですね。これに「矛」を交えると書いてある。

戦

だから戦争という言葉はここでも許されるのではないかと私は思っております。

0::8:8~0:9:24
(略) 日頃使い慣れていて、しかも迫力のある言葉を使う、この辺はお許しいただきまして、じゃあ、これは一発目。その一発目は何時破裂したかというと8月27日ですね。
二発目が何時破裂したかというと9月18日に破裂している。

827
915

で、実は今日はこの事を長々とご勉強するという事をお約束したんですけれども、ここまでたどり着くのに色々な事が起こって参りまして、その事自体が最早彼方此方で役に立ち始めているものですから、もう起った訳ですが、光の戦争はこの世の戦争とちょっと違いますから、後から解ったって少しも遅くない。もう始まっていますから、慌てず、それよりも、むしろやる事をやって参りましてね、私もやる事をやっていきたいと思っております。

0:9:24~0:14:39
それで私がこの前申しました通り年内一番の悩みは何かというと今日もこういう方がいらっしゃいました。Aさんという方です。大学受験の高3の方です。では、この方は何故、会社にいらっしゃったか?
3年前に遡って私が盛岡に2ヶ月に1回参ります。上野から新幹線で2時間のところに仙台という街が御座います。その車中で私は楽しい2時間を過ごさせていただきました。そういう事は滅多にありません。私は向こうから話しかけて来ない限り私の方から話しかけないという鉄則を持っておりまして。何故楽しかったかというと私の隣の席に大変美しいご婦人がいらっしゃいまして、なんとなく、その方から話しかけてくる。話しかけてくださるという事自体がこの方が光を求めていらっしゃるんだな?と段々話しているうちにご主人様が単身赴任で仙台にいて定期的に身の回りの事で仙台に行っている。ところが、その方が、2時間諸々、ご家庭の事だとか、趣味の事だとか出て参ります。そして、結局、一つだけ困っている事があります。今、ご主人の関係で高校に入らなくてはいけない。大学受験。突然、違う土地の高校に行きましてね、高校の入学受験日が近づいていると息子が言っていてですね困っているんです。その息子さんはこの場にいません。目の前にいるのはお母さん。そのお母さんも先程から世間話ばっかりしている。殆ど光の話はしていないんだけれども処方箋だけは書いてあげる。光の話だとか諸々、私から貴方に話をしたところで、息子さんに伝えるのは不可能です。伝えられる最低限の事をお伝えしましょう。それは、人間というものは100の実力が御座いまして、試験場に臨むとして、70パーセントくらいですね。どなただってそうなんです。それで70パーセントくらいの実力が無い人が100パーセントの力を発揮したら互角なんだ。だから互角に。息子さんが70パーセントだったら、その70パーセントを出せる方法を教えますから、それをなさってください。家に帰って息子さんの前の扉を叩いてもらって、189という息子さん。それで今日から貴方は「きいろ」だって言ってやりなさい。そして、シール1枚、試験場に行ったって誰も気が付かないから、自分の受験の机の下に貼ってくださいと。そして、あとは「きいろ、きいろ」と思って深呼吸すれば良いです。そしたら答案用紙の紙が配られるから、それをやって御覧なさい。
だいたい私、飛行機、新幹線等で随分隣同士になるんですが、今迄、全然、後で本を送ってくださいとか、この13年間殆ど無いんです。

0:14:39~0:16:35
皆無に近いですね。これ不思議なんです。皆さんも旅行されて列車等の中で知り合って、降りた途端に旅行中の知り合い関係はパーっと破算するんですね。降りた途端に、先程の事とかはパーっと忘れてしまう。降りる前は退屈だから話が聞けるだけで、それが乗り物の上の人間関係だなと私思っておりますから、ましてや、こちらから話しかけるという事は絶対にしません。飛行機だとか新幹線だとかは私は勉強場所だと思っているくらいですから。勿体無いですからね、時間が。ところが、その時は話しかけられたから、段々と。これ、忘れちゃっていたんです。3年前の事でね。毎日、新しい方に出会っていたら忘れちゃう。ところが今からたったの3週間くらい前かな?ひょこっといらっしゃったんですね。ちょうどその時、佐々木さんがいらっしゃった。そして、何でいらっしゃったんですか?処方箋を見て、新幹線で会ったと。で、今日はその坊ちゃんがいて、ちゃんと私の言う通りに勉強いたします。勉強法を教えて差し上げました。それで、先程、ニコニコしてお帰りになったんですが。という事は何を私がお話しようか?と思っておりますと、私がここにいますと、誰かと会って、その方と1時間でも2時間でも話す機会が与えられれば必ず、まずその方に光をお伝えしていますし、お伝えできるという自信が御座います。

0:16:35~0:19:36
(略)ところが今度は私が彼方此方で伺っておりますとね、光って随分伝わりやすいですね、例えば、計算して「2」ですよ、「4」ですよって。そうすると、真っ赤なブラウス着ている、黄色い服を着ている。ところが、その方が本を読みますとかは、100分の1くらいになる。実際に。そういうご経験、みんななさっていると思います。私だって多少している。
ところが、こうなるとは、どういう事ですか?核分裂はここまでで、ここからは光のバリアーがかかっていて、実は、ここからは調和って広がっていないんですね。調和が広がらなかったら、この地球が調和するはずが無い。これがどうにかならないか?というのを私は13年考えていたんですね。実はこの話はこの前も申し上げましたね。そして、その時に強力なプレゼントが二つあった。じゃあ、この前と同じ話かという事になるんですが、今日はそうではありません。ただしお話の都合上、また再び、今日は、二つのレポートがございましたね?一つは静岡県の静岡市のK-Rさんという方です。その方の9月17日のUFO基地からのメッセージです。そして、もう一つは桜井さんという方のレポートで、神塔ミロクの塔というレポートです。それでこの二つは過去私のところに来ました何千通、何万通となっているお手紙とかレポートの中でたった二つ、利用価値、活用価値のあるレポートです。で、何故私が声を大にしてこのような事を申し上げるかと言いますと、実はこのレポートの価値は光の勉強をしている方ほど解らない価値が。非常に不思議なレポートなんです。

0:19:36~0:24:10
「光」の「ひ」の字も知らない方に読ませると価値がパッと解ってくる。こういう不思議なレポートだという事ですね。
ただ光のご勉強をしている方にこういうレポートをお渡ししますと、「ああ、面白いですね」と、あげたりすると本箱か何かにしまってそれで終わり。
じゃあ、「光の勉強」の「ひ」の字も知らない方にこのレポートを読ませますとね、その方は光の勉強をする気になるんです。
要するに、このバリアーを破るという事ですね。なかなか勉強させるまでが大変なんだ。「貴方は赤ですか?」「黄色です」と受け入れさせるまでは簡単なんですが、それから先。所謂、水の縁まで連れていくのは簡単だけれども、泳がす事は大変だという事と同じです。
それで私、自分でこのお話する前に自分でも何十人と、このレポートをいただいてから実験しています。
実験というのは何かと言いますと、黙ってこれを読んでもらうんです。光の「ひ」の字も知らないんですよ。それを何回もやってみました。それで、実例ですが、その中である意味でショッキングな実例を後で一つご紹介しますので (略)
Tさんですね。この方は山梨県の下部というところにおられます。
そして、皆さん思い出していただきたいのですが先回、ここで勉強したのは10月16日でしたね?
そうしますと、まあ、この程度にいたしましてね。
確か、この前ご勉強した時も K-Rさんという方の電話番号をここにお書きしましてね、皆様がこの方に電話しますと、このレポートを送ってくださりますから、そのコピーを、また次の人にあげるし、そして、ハンドバックの中や鞄の中に入れておいて、知り合いの方に「ちっと面白い話があるから」と喫茶店等で読ませていただきたいとお話したばかりですね。
じゃあ、これをお読みします。ただ、これを全部読む必要は無いんですよ。
という事はどういう事かというと、このレポートと桜井さんのレポートは色々な事と繋がってくるんですね。まず私が会った人の中で繋がってこない人は一人もいないんです。

0:24:10~0:33:54
そして人間はそれをやろうと思った瞬間に目の前に現象がどんどん起きてくるんです。
この度は私は一日余計に今週の金曜日から長崎に参りまして久留米、翌日は福岡。昨日帰ってきたのですが、その間に次々とこれに関連して、またそれじゃないものもございますけれど、次々と色々な事がですね、ただ一番最後はまた此処に戻ってまいります。
一昨日から久留米で体験した事もこの問題に戻ってくるんだと思っていただければ結構です。
それで、1ページ半しかお読みしないですから

平成2年3月22日の事でした。

平成2年3月22日の事でした。
午後、渡辺先生より御手紙を頂きましたが、私も仕事の途中で封を開けて読んではいられませんの
で、仕事のきりが着くまでと思い座右に置いてありました。一人の方の治療が終わり、次の方を始
める前に読もうと封を開けてみると"義経神社"の由緒書が出てきました。そしてその由緒書の郵
便番号の中の「551」と電話番号の中の「145」と「224」が赤い線で囲んでありました。
しかし、どうして義経神社の由緒書が送られてきたのだろうかと先生からのお手紙を読むと、私が
2月28日、先生の奥様の御葬儀に出席させて頂いた折に、先生にお渡ししたレポート「宇宙暦を
手にして」をお読みになって下さり、義経神社の由緒書を送って下さったとの事でした。その訳は
レポートの中には近藤重蔵の名前があり、義経神社の創立者がその近藤重蔵なので、先生は由緒書
を送って下さったのだなと思いました。
先生からのお手紙を読み終えて、次の「アルファ」という店を経営なさっていらっしゃる944
の光

944

つまり私483にとって天の声のエネルギー(483+551=944)であるSさんの治
療にかかろうとして、お手紙と由緒書を封筒にしまいながら、私は母に「義経神社のある平取には
UFO基地があるんだよ。」と言った途端に、Sさんが突然奇怪な事を喋り始めました。それは丁
度、何かがSさんに取り憑いて話しているかのような話し振りでした。私もこんな経験は初めてな
ので、ただ黙ってSさんの言う事を聞いておりました。その時、まず最初に「近藤さん、あなたは
今年の9月17日、平取にあるUFO基地に来なさい。そうすれば、UFOを見せてあげます。又
渡辺先生も一緒に来れば、UFOに乗せて光の世界を御案内致します。」という事から始まり、結
局1時間以上も色々な事を喋り続けてお帰りになりました。
 その時のSさんのお話しを要約しますと、「我々は光の世界の者であります。我々は地球上に平
和をもたらす為に送られて来ました光の天使でありますが、光の世界から送り出されて地上に着い
た途端に、自分達の任務を忘れてしまい、ひどい者になると憑衣霊のようになってしまう者までい
ます。しかし貴方が以前Sさんに 「変なものが懸かった様になった時には「ひかり」と言って下
さい」と教えてくれた御蔭で、我々光の天使違も本来の任務を思い出す事が出来る様になったので
す。そしてこの近藤さんのこの家には、沢山の369マークがあるので、我々も安心してこのSさ
んを通してコンタクトする事ができるのです。」等々と訳のわかった様な、わからない様な話でし
た。
しかしこのSさんのお話の中で不思議に思った事は、何故Sさんを通してコンタクトして来た者
が私の誕生日の9月17日を知っているのかという事でした。Sさん自身は私の誕生日など知る訳
もありませんし、又お忙しい渡辺先生が9月17日に私に付き合って北海道でUFO見物などは
されるわけもないなと思いながら、確認の為にその夜、仕事が終わってから渡辺先生の年間予定表
を見て驚きました。なんと、9月17日は札幌となっていたのです。
こんな事があって、私は今から24年前の記憶の中に仕舞ってあった、北海道の平取町でUFO
基地を見た時の感動を思い起こしました。
それは昭和41年、私がまだ17才で高校3年生の時でした。ぼんやりと高校生活を送っていた
私も、何かそんな自分に物足りなさを感じ始め、自分自身を発見してみようと思い、夏休みのすべ
てをかけて北海道の根釧原野の開拓部落で、農業実習をしてみようと決心し、別海村春別にあるYファームでの20日間の農業実習に参加しようと、昭和41年7月24日
静岡を出発しました。
 その当時も、今でもそうですが、貧乏生活をしていた私は北海道へ行く旅費もなく、兄達からの
義援金1万円程を持ってヒッチハイクで目的地へ向かいました。自衛隊にいた兄から貰った背嚢を
背負い、まるで乞食の様な恰好で旅をしました。国道で手を挙げては車を止め、目的地を言っては
運転者に頼み込みトラックや乗用車を乗り継いで、7月27日、青森県三厩から北海道の福島へ渡
るカーフェリーの中で帯広の高嶋さんの車に乗せて頂きました。そして、帯広に向かう途中の7月
28日

728

午後、”門別町を廻って義経峠を越え、平取橋の所で国道237号線に入りましたが、その平
取橋の手前のカープを曲がった途端に視界力が開けて、沙流川の対岸の緑の中にメキシコのパレンケ
にある階段式のビラミッドと同じ様な形をした白亜の神殿が響え立っていたのです。

0:33:54~0:36:21
この前は最後まで読んでいただいたのですが皆さんはそんなに読まなくてもお気づきだと思いますが、宇宙暦を自在に使いこなしている方は、実はこの7月...これと同じものだと解るんですね。

827

そして、これはこの次かその次くらいになりますけれども桜井さんのレポートの中心は実は9月15日の体験です。
そうしますと、この7月28日に K-Rさんという方。この方はこの前もお話しましたように足心道の方です。この足心道というのは足の裏に全部、人間の五臓六腑のポイントが集中している。その集中しているところを揉んだり押したりしてあげますと、胃に触らなくても治療が出来るというような事ですね。似たような治療法は色々と御座います。手のひらの方でやっているのもあるし色々御座いますね。この場合は、その足心道。この方のところは7人の男性ばかりの教室。大変不思議な事にそのうちの二人だけ、どうしてもお目にかかっていないのです。二人会っていなくて五人会っていてですね、7人。これ何となく257だなんて私、勝手に思っていますが、この方のお母さんはですね、K-Tさんと仰る80歳くらい方です。この方が足心道を極めた方ですね。それを継いでおられるようです。

0:36:21~0:40:23
それで色々な事は過去でも色々と申し上げましたが、先回此処で10月16日のご勉強いたしました五日後は私は静岡に行ってこのように勉強会をさせていただいた訳です。
それは会場は駒形神社という大変不思議な調和した神社が御座います。そこの社務所で集会場を作っているところでしてね。その集会所がいっぱいになる程自然に集まって参りました。先々月の21日。
(略)静岡の駅に降りますと今までは改札口のところでお待ちいただいたのですが、その日はホームに来てくださいました。御三方、K-Rさん、M-Eさん、それからT-Hさんという方です。この方は昨年の4月19日に私と初めて会いまして最初の3~4ヶ月は光の世界ってなんだかチンプンカンプンだったのですが今は彼方此方へ一生懸命色々な事をされている大変不思議な方です。後ほど大活躍しますから憶えておいてください。
そうしますと、その駅を降りたら、先生お久しぶりです、お元気ですか?と返事はしたのですが、実はその時の私の心の中では.....。今、こうやって片手で持てるんです。その時は、やっと、この肩にかけている鞄を取ってくれないか?と恨みがましく思っていました。実は私、10月の声を聞きましたら、ここにいらっしゃる方は漏れなく「道しるべ~不動心への道」という本をお読みの方ばかりだと思います。
あの「道しるべ」というのは私がまだ光について本質的に解っていない時、光が解る直前に書いたものです。ただ今読み返してみると大変不思議な仕組みになっております。きっちりと9つの章に。そして一番最後の章は三つの節に分かれておりまして、その3つ目は1月19日という日付が表題になっております。

0:40:23~0:44:19
この1月19日というのは並べ替えて911という光も表しているようですが、これはまだ色々な事に繋がって来る光です。そちらの方には今日は横道になるので入り込みませんけれども、その時に皆様は文章で読むと大した事は無いのですが実際にその時になった当人にとっては大変な事でございまして自分の身体であって自分の身体で無いような気分で、何処と無くギシギシギシギシ、ここにもそういう体験をした方がいらっしゃいますけれども、そして食事をしても通らない。要するにインドの古代の文献に書かれている現象でしょうね。そして、その時の私も昭和53年に体験する。車で迎えに来ると出かけます。出かけると、ちゃんとする。帰って来ると...。じゃあ、そのまま寝ていればいいんですけれども、寝ていたら、もっとどうにもならなくなるのが解っていますから、ノタノタノタノタ動くんですけれども、まるであちこちのバネがみんな痛んでいるみたい。僕はあそこで体験したのに何故またこんな事になってしまったのか。ここでこの前ご勉強した時は自分でこれを読む力が無かったんです。そうしまして静岡の駅に着く。それからお食事をいたしまして、会場に行きまして .... なんとか2時間使い切る。そうしますと、終わりますと、そこでですね、集まってきちゃった。静岡というところはですね、実は処方箋を10枚から20枚書かないといけない。最低でも10枚切った事など今までありません。そうすると1時から始まって5時頃までかかっている。さあ、それやらなくてはいけないかな?と思ったら、それ考えただけで、気が重くなりましてね、どうしようかな?と思ったら、これ不思議なんですね、K-Rさんが「今日はどうでしょう?ここはもうお開きにして、私のところに参りまして、皆さんでお話しましょう。」実はここから5分のところに足心道の道場がございまして、処方箋書いたり色々すると、その K-Rさんのところに20人くらい集まりまして、そして、そこで色々なお話をして。また、そこに新しい方がいらっしゃる。

0:44:19~0:49:29
で、ワイワイやって10時か11時頃になりますと... というのが静岡のパターンなのですが。
それで、ありがたい事に、「先生、今日は行きましょう」。こういう風に机並べてございましてね、こうやって私だけ腰掛けている。それで書き出した。12~3枚、書いた。書きまして、今度は、これで終わったなと、ボールペンを置こうと思うんですけれども、ボールペンを剥がす、指を開く力がこっちに残っていないんですね。弱っちゃったな。何となく、参りましたね、なんて言う。で、終わった途端に半月ばかりのあらゆるストレスが、それがいっぺんに心臓に集中してしまいましてね、まるで音がしたように、キリリーっと。これ、えらい事になっちゃったな。もう、その頃には、こうやっている力が無いですから、ちょっと声を張り上げてね、あー草臥れた。ちょっと横になっていいでしょうか?座ぷとん5~6枚。(略)ようやく仰向けに寝た頃にはK-Rさんは足心道の大家ですから、「先生、お揉みしましょう」足の先、揉んでくださった。Tさんが左手。Kさんがこちら側。皆さん、優しいですね。ところが私、按摩とか揉み療治、あんまり好きではなくて。でも、その時だけは、こうやって揉んでいただければ治るんじゃないかと。(略) 
ミロクハンに行ってご馳走されたんですけれども、何、食べたか憶えていないし、だいたい一箸か二箸しか食べていなかったです。

0:49:29~0:54:48
それでなんだかんだ適当にその場を繕って Mさんの御宅に参りまして、この方は静岡で有名な御宅でございまして、この方のお母さんは静岡で有名な詩吟の大家です。そこで何人かまた一緒に来ていますから、(略) Mさん、お風呂沸きましたか?お風呂入ったらあとは就寝するという合図ですから。その頃、10時頃になっていましたから、やっとこさっとこ風呂場に辿り着きまして。ところがお風呂場に入ったら、ふと思い出した。私は今年の2月26日に家内を失いまして、私の仲良くしていた戦友が北朝鮮で亡くなりましたね。昭和22年の事です。その遺品を届けたご遺族がございまして将来皆さんとお知り合いになるかもしれません。Kさんというご夫婦です。その未亡人の偉い方で二人のお嬢さんと一人の息子さんがいる。(略)だから友達付き合いではなくて実は親戚付き合い。そこのお子さん、僕が10年間。毎月、音楽会に連れて行った。ところが、それが、昨年の12月6日に電話がかかってきて、私が家内の介護で悪戦苦闘している時。その電話は「渡辺さん、お世話になりました。母が亡くなりました」えっ?聞いた途端に。その時は私自体が健康体ですけれども、もう自分が悪戦苦闘しているので。どうして、こんなに早く亡くなったの?悲しかったですね。途端に泣き出したのを憶えている。ところが一体何で亡くなったんですか?「それがね、お風呂場で亡くなりました」それ以上、詳しい事は聞いておりませんが、私がお風呂場にいて湯船に入ろうとしたら思い出して、あの時、もう少し詳しく聞いておけば良かった。Kさんのお母さんは湯船の方だったのか?洗い場の方だったのか?と思ったら、進むも地獄、ここに座るのも。これ、どちらを選ぼうか?と思った。いずれにしても皆さんもどうせ伸びるんだったら、湯船の方よりも洗い場の方が...。じゃあ、入らない。手先だけ濡らして少し時間稼いで、ノコノコと出てきちゃったのよ。湯船に入ったらどうなるか?解らんと思ってね。それで出て来ましてね、そしたら、もうお布団が敷いてある。ご親切な方ですね。ずっと寝付くまでお揉みしています。親切な方ですね。寝付くまでって、寝付く訳がありません。実はその晩、一睡もしていない。但し寝付いた格好をしないと皆さんが引き取ってくれない。寝返り一つ出来ない状態で寝ていました。そうしたら朝になりまして、さあ、これで静岡と東京1時間、2時間経ったら家に帰れるなと思ってね、ポケットから手帳を出したらびっくりしちゃったね。予定が身延線で静岡から下部というところに行く切符が入っていました。

下部

0:54:48~0:56:49
そこではこの前お話しました Tさん。この方は何処の方かと言いますと山形県の鶴岡というところ。そして仏教系の大学を出て大学の殆どクラスメイトみたいな方と一緒になった。これは大体人間というものは一緒になる時はカーッとなりますから後先の事を考えずに一緒になったんですね。
ところが結婚してみたら、その旦那さんは実は山梨県の下部の方で。
山梨県の下部というと昔、武田信玄という戦いの日本で一番お上手な方。川中島の戦い等で皆さん歴史を読んでいて不思議に思いませんか?ものすごく沢山の負傷者が出てたったあと一月経つとまた大戦争やっているでしょう?戦争に継ぐ戦争。あれ何か秘密があるのか?と思っていた。あるんです。あの頃は負傷者が沢山出ます。病院なんてありません。実はみんな武田信玄公がここに送り込んだ。武田の隠し湯と言いましてね、日本中の謎だったんです。いくら怪我人が出てもまた生き返って出てくるようなものだ。ここは切り傷と打ち身の特効薬のようなところ。そこへ来たんです。これは山梨県。
そうするとよく考えてごらんなさい。山形県と山梨県。お互いに山の字が付いているから良いかと思ったら大間違い。お互いの山を取ってごらんなさい。「形梨」(形無し)になっちゃう。

0:56:49~1:00:25
そうでしょう?だから最初は熱かったのが忽ち冷めちゃって会話が無くなっちゃう。
もう全然、風習も違う。考え方も違う。ある意味で言ったら着物の着方も違うくらいに異なった習慣のところに来た。
自分の心の中の事を話す相手もいないまま何年もやっていた。
この方は今から2年前に武蔵境のラーメン店にいらっしゃった。そこの奥さんのHさんという方と出会った時から「潜在能力点火法」という本を手になさった。手になさってそれを読みました。この著者に自分の考えている事を全部話したら解ってもらえるという気持ちが自然に生ずる訳です。
そうしまして一生懸命手紙を書く。こんな厚い手紙が来ました。便箋が忽ち無くなる。広告の裏紙が使ってあった。そして一番最後にこういう文章があった。
《渡辺さんの「潜在能力点火法」とても楽しく読ませていただきました。でもこれは仏教で言ったらあれでしょう?ヨガで言ったらこれでしょう?だから解っているからやっていません。》
さあ、私、それ読んでびっくりいたしましてね。私が家内と一緒に命かけている事は、この調和法を広げる事です。それを実行もしていない方のお手紙にまともな返事を書くエネルギーも無いしお電話に応答する力もございませんから本日をもってお付き合いは終わりにしましょう。お電話も結構ですとはっきり書いてお手紙をお出ししています。その時のが今でも残っています。私、手紙は月に100通以上書きますから、何処に誰に手紙を出したのか憶えきれませんから、ちゃんと書いてあります。何月何日。何かの礼状とか写真の礼状とか。処方箋とか。そこに何て書いてあるかというと縁切状と書いてある。もうこれで縁が切れたと思っています。そうしましたら、それから追いかけるように速達が来てお手紙が入っている。《私が間違っていました。今日から実行いたします》。そんな事がかれこれ2年前にございまして、昨年の10月15、これは全然、そちらの方のお話はまた意味があるんですが、それは置いておいて、全然他の事で先程お話しました Hさんとか、八王子にいらっしゃる Aさんとか、確かその時は神戸から国光さんがいらっしゃいましたね。4人か5人で下部温泉に入った。

01:00:25~01:02:38
そうしたら15日、もうお昼に出発しようと、たった30分です。ホテルのロビーで少しお話した。色々とお話していて、Tさん、どのように今、光が見えますか?瞼の裏に。本当ですか?じゃあ良い事を教えてあげます。その時に教えて差し上げましたのが祝福の詞です。皆さんも一緒に言ってください。

我が
矢の
蝶は
白い石
硫酸バリウム
嬉しや
素晴らし
暁の
ルリの
ファンタジー
         来年の今日

これ11行です。しかも1行は2~3語で出来ている。大体2~3分で終わります。これをその場で憶えていただいて3度ゆっくりと心の中で唱えてから「潜在能力点火法」にある通りの調和法を私と一緒に行ったんです。10分です。何故、10分と憶えているか?というと私は心の中で「光文」をゆっくり読みます。丁度10分です。そして、Tさん、ゆっくりと目を開いてごらんなさい。目の前に黄色い光が見えて参りました。先生、本に書いてある事は本当なんですね。嘘なんか書いたら叱られちゃう。
それで解ってきちゃった。

01:02:38~01:06:20
それで半年ばかりしてお手紙が来まして不思議な事が起こりました。調和法をやっているだけでお母さんが素晴らしいお母さん、お母さんの方は素晴らしいお嫁さんだと解る仲になっている。お子さんの学校の事で今までなかなか合わなかったお母さん達との地域社会の会話もどんどんスムーズになってまいりました。ご主人様との会話もどんどん復活してまいりました。嬉しかったですね。それが、つい一月くらい前です。そういうお手紙をいただきまして私は調和法をやっていれば結果として倫理、道徳、慈悲、愛の行為が出てくるんですよ、とそれを実証してくださったんです。
そして、そういう事ですから地域社会に広がり出したんですね。先程の壁が敗れた。破れたものだから、どうしても一度来てください、それじゃあ K-Rさんと打ち合わせしてくださいという事から私のポケットに入っている手帳に残っていたのは身延線という、これは今考えてみると静岡と甲府を直に繋いでいる線です。その切符だったので、わっーと思った。いつもだったら、あと2時間、また、あそこで一晩泊まったら、どうなるか?自分じゃ自信が無かったですから、しかし、なんだかんだで、やっと下部の駅に着く。Tさんがお久しぶりと向こうから駆けてくるんだけれども。で、Tさんの御宅に行ったら、そこの建設会社の社長さんがいましてね (略) その時に東京から5人程いらっしゃった。Hさん、Aさん。で、なんだかんだで話の種に、積極的に話をする気力が無いものですから、皆さん、この K-Rさんのレポートと桜井さんのレポート、光の事を知らない方にただこれを読んであげてください。それだけで向こうは光を勉強する気になりますよ。聞いているが信じちゃいないんだ。で、夕方になったら、その内、御三方が東京に帰っちゃった。そして、Hさんはここのご出身ですからご実家があるから、私はこの土地に今日は一晩泊まって行きますと。その日にホテルに引き上げて参ります。


01:06:20~01:09:07
下部温泉って有名だ。打ち身とか切り傷に効くんだ。多少は効いてくれるんだろうなと期待しますね、来てみて。入ったら緩く無い。緩くないって言ったら熱い?それが間違い。水なんだ。1時間入っていられない、ものの10分で出て来ちゃった。ところが、そのホテルに行く前の話に戻るんですが、ここで持って実はという事で出て来たのがTさんのお話で、そこまで整っているんですが私から見たら東京ではそういうご家庭は無い。ところがこういう草深いところに行ったらそういう御家庭があるんだと知って驚きました。何故かと言いますと、この方の御主人様はとても良い方です。実際に行き摩りの人がいたら見過ごしに出来ない。色々なエピソードがあるんです。色々な方を救った。ところがこの方は。実は裸島というところでしてね、下部。戸数が80戸くらいしかない、人口が350人の小さな部落です。楽しみと言ったらお仕事が終わったらお酒飲むしか無い。どういうところかと言いますとね1合目入ってニコニコね、2合目から目が据わって参りましてね、3合目からですね、ネチネチと。それが困った事に言っている事は全部筋が通っているの。それが5時間も6時間も続くという大変不思議な性格だったのです。

01:09:07~01:11:51
そのお話を聞かせられちゃった。尚更...。後でその方とお会いしてその方に光を伝えるのはどうしたら良かろうか?とね。そんなこんなでまだ細かい事がございますけれども、行って上がって来て食事をいただいたら、だいたい8時頃になる。女中さんに床をとっていただいて、これで寝られるなと思ったら、この方とこの方の御主人様と飲み友達、男性が3人もやって来た。さあ、その方に光とはなんぞやとね、もう講釈するエネルギーは一欠片も残っておりませんから、Tさん、すみませんけれども、このレポートとこのレポートを読んであげて。そしたら Hさんが「これ先程言われた事が、そのまま場面になってきたな」と思ったのか?何も仰いません。三人とも光の「ひ」の字も知らない。一人は JR、一人は郵便局、一人は建築会社の社長さん。これを読んだ。何も知りませんよ、計算も知らなければ。その方達に読んだ。読むと1時間かかるんですね。その表情の変化を私は私なりに観察させていただいておりました。そういたしましたら、だんだん最初は顔の筋肉が弛んだような方が、だんだん頰が引き締まってくるんですね。不思議ですね。こういう場面、私はよく遭遇するんです。そうしまして、もう読んだ途中くらいになりますと、だいたい中年の男性は皮膚の色が浅黒い方が多いのですが、だんだん白くなってくるんですね。そして終わる頃になったら一種の透明感が出てくる。しかも、その時、びっくりしたのは御三方とも目が真珠の光を当てたようにキラッと美しい輝き方をしていた。

01:11:51~01:13:32
不思議な体験でした。そういたしましてね、終わった頃に。処方箋は先に書いてありましたから。これ、どうやったらいいんです。今迄、貴方様方は自分の奥さん、自分の友人の奥さんの YUMIさんくらいに思っていた、それが大間違いなんだ。今日から皆さんを導き親なんです。さあ、貴方は右手で...。後ろだけは開けてあげた。そうしてお別れするときに私が何と申し上げたか。みんな60本なんですね、ヘビースモーカー。お煙草は3日に一本くらいの割合で減っていきますよ。もし沢山召し上がっている方は少しずつ減っていって適度なところでピタリと止まりますよ。だから今日、私とお別れしたら、奥様から、この呼吸法、調和法を教わってください。それから皆様はなんとなく頭陀袋を担いだ年寄りに会いにきたくらいの興味本位でいらっしゃったかもしれませんが皆さんも私の歳になった時に間違いなく頭陀袋を担いで世界中、調和を広げて歩いていらっしゃるんですよと言ってお別れしたんです。

01:13:32~01:17:53
そうしましたら翌朝、奥様がいらっしゃいましてね、こちらから聞く前に仰いました。「先生、不思議ですね。昨日、2時まで皆でワーワー、ワーワー話しておりました。もう、これでオレ達、飲み納めだなとね。」そして、この御三方。この方の御主人様って先程申し上げたように困った方を常に救っていらっしゃる。だから最後にこう仰ったんです。「先生に良い事を教えていただいたけれども、残念ながらたった一つ間違っていたよ。」「先生は先生の歳になったら俺は先生と同じ事を始めると仰っていた。あれが間違い。俺は現にやっているよ」と仰っていた。嬉しかったですね、その言葉。間違っていて結構です。そんな事があったのですが私の体調の方は何という事は無しに。やっと家に辿り着いたら、それは火曜日。翌日は何かというと水曜日の事で御座います。今日は誰も来ないでノアで昼寝していたらいいだろうと思って、その水曜日。ここにいらっしゃいます、Tさんが久しぶりに、こんにちはといらっしゃった。弱っちゃったな。ノアは夕方早々に引き上げまして、もう家に帰って早いところ休みたいなと思ったのですが、Tさんも憶えていらっしゃる通り、お話が会社の中だけでは収まらなくなった。今日は夕食でもという事に。8時でお別れしましたね。やっとの事で家に帰って参りまして、家に帰る途中の坂は5度くらい深呼吸して上がりましてね、家に帰ってきたら、娘が「お父さん、お帰りなさい」K-Rさんから荷が届いています。何だろう? ああ、そうだ。Mさんの御宅をこれから辞去しょうとする時に、Mさんから電話がかかってきた。昨日は先生がとてもお疲れのようだったので実はSさんを治療した時にあの下に入れてある369のシートをお送りしようと思うんだけれども、ちょっと聞いてくださいと言われまして、ああ、お願いします。帰ってきちゃったんだけれども、そんな事は忘れていた。ああ、そういえばあれを送ってくれたのかな?と思いまして開ける。開けてみましたら、その中から出てきたのが、これだ。これは写真で見ると小さいのですが、襖紙の約4分の3の面積です。

01:17:53~01:20:06
そういたしまして、それ、ああこれ助かったな。早速、それをベッドの下に入れました。ところがちょっとお話戻りまして、また、Tさんがいらっしゃったノア。あの時に3人、北海道から来客がございましたね?そして、ものの30分くらいでお帰りになりました。その時、私はあの方達とあの翌日に新宿の南口の改札で午前10時に待ち合わせというお約束をしていましたね?実はその約束しながらね、さて、これ実行出来るか?自信が無かったです。それから、これだけは憶えていらっしゃると思うのですが、あの時に Kさんだけが私に色々と受け答えなさいまして、あの奥様は挨拶だけであとは黙っておられましたでしょう?30分程で帰られた。で、実は、これだけの事を頭に入れておいていただくと話が繋がってくるんですが、私が、これを敷きまして、お布団の中に入ります。疲れておりますから、ぐっすりと。だいたい3時間から4時間経つと私、目が覚めますから。夜中の1時か2時、ほっと気が付きましたら、パジャマが絞るように、グッショリと濡れていた。あれっ?でも、うつらうつらと明け方まで、ふと気が付いたら自分の身体に戻っておりました。

01:20:06~01:22:35
そして、昨日は自信の無かったお約束が実行出来ると思いました。ちゃんと定刻までにきちっと新宿駅の南口の改札口まで参りました。そこには Kさん夫妻がにこやかに待っていました。実はこのご夫妻と武蔵村山の長円寺というところと青梅の益田さんのところをご訪問して青梅で一緒に泊まるというお約束になっていました。で、そちらの方はそちらの方でまだ色々な事が進行しているのですが、それはそれとして、Kさんの挨拶が終わるか終わらないかで奥様が「先生、昨日は失礼いたしました。」「いや、実は、私、札幌の千歳の空港に行って空港のロビーに行くまでは何でも無かったんです。札幌から東京行きの飛行機の便の飛行機が離陸した途端に身体がゾクゾクゾクゾクして参りました。もう羽田で降りた時は膝がガクガクしちゃって歩くのがやっとでございました。お約束で御座いますからノアにお訪ねしてご挨拶しただけで何もお話しませんでした。」そういえば、大人しかった。「あれからホテルに帰るまでに途中で知人の家に寄り体温計で測ってみたら九度5分御座いました。それで先生不思議なんです。夜中の2時頃、目を覚ましたら、グッショリと汗をかいて今は元気にここにおります。」不思議な事になっしゃったなと。何となくエネルギーがお互いに親愛感が近くなってお互いに繋がっているような感じがいたしますね。

01:22:35~01:25:48
うっかり、こっちも熱も出せない。手も取れない。で、これはこれで終わっちゃったと思ったんですけれども、そうじゃなくてですね、実はこういう体験をいたしましてね、K-Rさんが積極的に皆さんに369のシートを作ってお使いになる事をお勧めになっています。ここにコピーが。これは織田さんに渡して起きますから、皆さんもお作りになってください。作り方等、詳しい事は此処にかいてありますから。この中にB1のケースとあるのですが、大きさはこの前調べたのですが、B1ケースというのは現在、コクヨで作っておりません。それも確認しました。但し家具店等にビニールのシートがありますでしょう?あれの厚目のを買ってきていただいて包めば、それで結構で御座います。実は作って色々な事が起こっているんです。あちこちで。それはそれとして自分の目の前で起こった事をもう一つお話いたします。
というのは実は私は昨日、九州の久留米というところに参りまして、九州の現在を体験いたしましてからですね、随分色々な体験をしていくんですね。させられていくんですね。あれから何処に行きましたかというと名古屋というところに行きまして、名古屋はありがたい事に Nさんと行きました。(略) それから関ヶ原というところに行きまして、名古屋の方は進んでいるんですが、それはそれとして、また一つ纏めてお話が出来てきますから、その時にお話いたします。それから川崎さんのお宅に参って川崎さんの御宅から初めて箱根の仙石原というところで Sさんという方とお近づきになったりしています。これも大変不思議な体験をさせられる。で、その頃は私も身体はちゃんと回復しておりますから。で、先週の金曜日に長崎に参りまして、ふた晩ですか。そして福岡、久留米に参りましたのが月曜日です。

01:25:48~01:27:32
月曜日にですね、私がこんな事をやっていて、13年間、そろそろ14年になるんですか?その14年間に一度も逢ったことがない事にまた遭うんです。それはどんな事かと言いますとね、今まで私が光を広めて参りまして色々な宗教団体に帰依している方にお目にかかりますが、気が楽なんですね。何故、気が楽かというと、団体の在り方に教義に疑問を持ったり、何らかのベルリンの壁にぶつかって、それを解決する為に来る方ばっかりなんです。現に皆さんもそういう方にしかお会いになっていないはずです。
ところが不思議な事にこれもこれからどう発展していくか解らないので名前は伏せておきますが、ある親子が訪ねてくるんですね。しかも、この親子を連れてきた方は藤村さんと仰る方で、この方に会ったのは私が~という場所を知る為に会っているんです。島崎藤村という方ですね。~という短編集を書いたところですね。それで、その藤村さんという方が大変不思議な方でしてね、その方が絶対に辞めないある大きな宗教団体。何故、辞めないかというと、その中で盛んに光を広めている方です。そんな事、無理にしなくてもいいのにと思っていたら、連れてきた方が話し始めた。どんな話を始めたかというと旦那さんに死に別れたんですけれども美しい方でダンプカーの運転手をしているという方なんですよ。

01:27:32~01:29:50
息子さんと一緒に来た。ところが、その方がどういう話をし始めたかというと、私は~というのを勉強しましたとか、九星がどうとか、それから天中殺の勉強をしたとか。天中殺の理論で言っている事が起こって、どうにもこうにもならない。どうにもこうにもならなかったら今の宗教団体に入ったら溶けて全部なくなっちゃったんですと。そのお陰で自分の娘もこの春に大学を卒業したら、そこの御本部で、もう決まっているんですと。ところが、このお話、どうですか? ある御信心をしていて、ご信仰をしていて、お陰を被って、それまでの事は解決して、今は幸せな調和した生活をなさっているんですね。こんな方に会った事は無いの。だから、そのような方は光とかに来なくたっていいの。だから、私、嫌だって言ったの。私は他人の生活、揺さぶろうとか。貴方様が疑問を感じたりしているのなら、それはあれだけれども、信じていらっしゃるんでしょう?お陰を被っているんでしょう?生活がかかっているんでしょう?それだったら、それでいいじゃない?何で来たの?解らないと言うんです。でも来たんだから、その処方箋というのはください。あげているうちに、こちらの方がびっくりしちゃった。で、話が終わって、こちらも色々な話をするのですが、ちょうど、その最中に、これは九州の久留米の話なんですが、福山から飛んで来た方がいるんです。それが先ほどの Aさんという方です。去年の10月にお会いした方です。この方がまた大変凄まじい人生を歩んでいた方だから光に会った途端に自分の周りにずっと氷解していった方なんですね。だから、調和したところに少しでも居たいと来たところが、ある意味で言ったら言葉こそ優しいけれども、一種の必死な大戦争の最中に来ちゃった。

01:29:50~01:33:22
で、それはそれで不思議な事に、その親子と一緒に会食するんですよ、後で。で、どうなるか?解りませんけれども。で、これもずっと端折っていきますとね、いよいよ、Oさんという書道の先生をしている福岡で有名な方なんです。そのお宅に泊めていただく。それで、この前は12時まで色々な方が押しかけてくるけれども今度はO先生は気を利かせて誰にも言っていない。色々なところを周ったので久留米が一番暖かいはずなのに一番寒い。ストーブをね。もう痛いの痛いのやっと我慢しているという顔付になってくる。気が付いてみたら、先程、~という不思議な料亭で会食したのだけれども何となく箸を持っただけで何も食べていない。やっといなくなって、いるのはO先生と坊ちゃん2年生。そうなってくるとね、先程、私が K-Rさんのところで座卓でこういう風にしていられなくなったのと同じ。声まで似てくるね。大体こういう場面になったら、どういう事になるかというと、疑わずに119番ですか?救急車呼ばなくてはいけないんですね。そうでしょう?ご自分の家でご自分の家の人がなったって大騒ぎになる。赤の他人が来て我が家で起こったら、これは大変な事だ。ところが不思議ですね。この Oさんという方は動じない。じゃあ私が慌てたかというと私も慌てなかった。もう兎に角痛みがキリキリこういう風になっている。解りました。それじゃ Oさん、Kさんにこれを敷いて寝かしてあげて。実は Oさんという方は親切な方で1時くらいまで付き合っていたらしいです。兎に角、身体をどうにも出来ない。それじゃあ、私が何をお貸ししたかと言いますとね、私、実はこの K-Rさんにいただいたものの上で寝ているかというと何の事は無い。これが家に無いと殆ど寝られないですね。それじゃあ、困っちゃう。丁度、K-Rさんがお電話くださった時、K-Rさん、折角いただいたけれども貴方の369のシートの上に寝られ... あっ、超能力というのね「ああ、先生、解りました」「手拭いでしょう?」

01:33:22~01:35:28
解っちゃっているね。そうなのよ、そうなのよと言って、丁度、Iさんもいらっしゃって、11月23日にね、T-Hさんが届けてくださったのが、この携帯用。大変重宝なものを届けてくださった。それから僕は旅行してホテルで点検する時、必ずベッドの上を確認する。これだけ忘れて来ちゃったら大変な騒ぎになる。よろしいですか?それで、これは後で聞いたら K-Rさんがわざわざカットしてミシンで縫い付けてくださった。T-Hさんは届けただけだそうですが。で、これを作るのは大変ですから先程のシートだけで結構です。但し私はこの日だけは Oさんのご要望で何でも無い普通のお布団の上で寝ましてね、翌朝、ちゃんと 2階から降りてきた時にはこちらが救われた感じがいたしました。そして、その後でマユリーザというところでこのご勉強するのですが、その時は一番最後にこの方に、もう自分が話すより (略) こうやってお話してくださいました。で、これもあまりショッキングすぎてご紹介出来ないお話もあるのですが、それはそれとして、これで大体お解り頂けたと思います。

01:35:28~01:38:09
これは私もなんていうんですか?これこそ UFOなんて感じがしますし。是非、皆さんにお願いしたいのが、369のマークの作り方は皆さんご存知だと思います。サイズについても書いてあると思います。
それから、もう一つ不思議な事に何も全部が全部治るとか、そんな事、私、思っていませんが、これ何て言うんですかね、精神的な事が起因したものについては一種の特効薬的みたいなものでしょうね。それじゃあ、私以外でも地球上の53億人に伝わるものがあるはずですから。それと、そういう事をよく考えますとね、まあ 。。。実は私もこの歳ですから夜中にトイレに行く事が割合多い人間なのですが、あるホテルでは朝まで気がつかないという事がありまして、これもありがたい事の一つだなと思っています。で、実はこういう事ばかりではなくて、私の娘が、この上で一晩寝た時の明け方の事、自分が何故、渡辺家に生まれて、Y家に嫁いで私が~と名乗り、私の夫が長女を~と名付け次女を~と名付けたかという事が解けてきた。という事を申しておりました。実は私もこの上でひっくり返りながら小さな頭の中を回転させているんですけれども何か、この上で自分が考えていた時代よりも何か違った一皮違った考え方が出来るようになったという事だけは自分の事ですから自覚しております。

01:38:09~01:43:24
(略) 今日はありがとうございました。何かご質問がございましたら。
369のシートのサイズ等はそんなに拘らなくても大丈夫です。
ところが不思議な事に、これ98枚なんです。
98枚というのは何かというと
 
988

56
42
----
98

98枚になるんですね。

988、これは 898となるんです。898というのは何か解りますね。
898
はくば

天の軍勢の乗り物です。それから私、不勉強であまり宗教団体の名前を詳しく知らないんですけれども最近知った一つのカトリックの世界でしか通用しない事ですけれども西暦600年くらいから聖母出現という事がありますね。何千回とある。で、聖書には一言も書いて無いんだけれどもカトリックの方はマリア様が大好きで。マリア様というのは生年は解らないんですが生まれた月日は解っているんですね。イエス様が生まれる前の多めに見ても20年の何時か?というと非常に不思議な日で8月8日なんですね。

898
はくば
8月8日

これは非常に納得出来る数字なんですが光というのはそういうのを知っているとなかなか光とも関連してくるし出てくる現象自体が不思議であると言えるかどうか?も問題になってくるんですね。ある意味で言うと宇宙暦のドラムの上で光を悟らしていただく為の窓だと私は思っております。

© 2022 Nokichi Miki 


home