吉田拓郎オールナイトニッポンGOLD20221111メモ

今回は秘蔵音源、弾き語り… 。「金曜日の朝」は好きな曲。

メモ

  • 中島みゆきさんからのお手紙~瀬尾一三さんのお話等
  • 1曲目。1975年の つま恋の第2部を担当した松任谷正隆のグループセッションの中で本邦初公開。「知識」
  • 「ah-面白かった」の9曲を映像としてライブでやりたかったという気持ちが強くなってきて…フジテレビのWANGAN STUDIOで2日間セッションをやって収録… 弾き語りもという事で「慕情」。ギブソンのJ-45 を引っ張り出してきて…ちょっと良い音がした、空気、オーラがある… その中の1曲「Together
  • 南町…広島県立南高校 … 進徳学園 … バスケット部 … 茶道教室 … 
  • 3曲目。2005年つま恋ライブ、中島みゆきと「永遠の嘘をついてくれ」
  • 「ペニーレインでバーボン」のお話。「人生を語らず」の再発…時間がかかり過ぎ…この曲をツアー先で歌っている時に楽屋を訪ねてきた数人の人達が…お気付きですか?
  • 「ペニーレインでバーボン」さんの気持ちを歌っている曲、4曲目「とんとご無沙汰」(ライヴヴァージョン)
  • 弾き語り… 「金曜日の朝」これは安井かずみさん作詞 、当時の拓郎さんの生活ぶりが少し出ている…当時は原宿あたりで…安井かずみさんと かまやつひろし さんは当時の拓郎さんの実情等を知っていた先輩二人…当時の原宿表参道 …
  • 弾き語り…「青春の詩」… ギターは音楽的…ベースランニング…当時のフォークにしては変わったリズム感覚
  • 弾き語り…「もう寝ます」… 当時はコミックな感じがウケていた…
  • 弾き語り…「ガラスの言葉」
  • WANGAN STUDIOの話
  • 原由子さんのお話~桑田佳祐さんのお話。60~70年のフォーク、ニューミュージックと 違う。NHKの特番…感謝状…渋谷で一人暮らししている頃、麻布の飲み屋~渋谷のマンション~ビートルズ「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のアルバムジャケット(オリジナル版、ロンドン)…ギター、ローズウッドのテレキャスター
  • 5曲目「歩こうね」
  • 東京中心の文化に反発、ザ・芸能界へのアンチテーゼ、テレビへの反発。イメージが定着…
  • 6曲目「マスターの独り言」
  • 何事も始まれば終わる(堀北真希さん)
  • ラジオはちょっと秘密がある…そこがチャーミング
  • 7曲目「アウトロ」


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吉田拓郎オールナイトニッポンGOLD20221015メモ

ゲストは篠原ともえさん。個人的には「LOVE LOVE あいしてる」の音作りのお話が聞けてよかった。

メモ

アマテラス愛子(佳代さん);拓郎さんのマンションは天岩戸と呼ばれている

1曲目「全部抱きしめて」


全部だきしめて


篠原ともえさん登場

剛さんにはアタリがそんなに無いが光一さんにはアタリがキツイ。光一さんにとっては男とか女ではなく、篠原ともえという存在。(篠原さんと光一さん)拓郎さんと収録が終わった後に花束を Kinki Kidsから渡して、その時になんとも言えない、静かで華やかで感動的な時間が体感としては10分くらいだったのではないか?時が止まったような美しい時間。その時に誰も声も音も出さずに花束を受け取った拓郎さんを静かに見守る。あの時の拓郎さんの表情を一生忘れない。

ハワイロケの篠原さんのメイクのお話。白かった … ハワイに行って篠原さんが星を観る話。篠原さんの「星」の番組に繋がっている … ハワイロケの時に拓郎さんと Kinki Kids 、篠原ともえさんは打ち解けた。

「LOVE LOVE あいしてる」が始まる前や最初の頃のお話。篠原さん達はピュアで、本当に拓郎さんの事が好きだった。拓郎さんが心を開いてくれる前は、視界に入らないように … 1年くらい経って、打ち解けた。

拓郎さんはエド・サリヴァン・ショーがやりたかった。篠原さん曰く、音的にはエド・サリヴァン・ショーだった。当時は音楽番組はあったが、ほぼカラオケだったり、生演奏があっても音に対しての機材が揃っていなくて、それで拓郎さんがリハーサルをしている時に大怒鳴りしていて、「何故、PAさんがスタジオ側とテレビ側にいないんだ?」当時は拓郎さんが音に怒っている理由も解らないくらいの感じだった。最初のリハーサルや会議で拓郎さんが怒っている感じで、次から、とんでもない豪華なセットが。足元スピーカー、返し(モニタースピーカー)がライブのステージのように無いとダメだという事で拓郎さんが昨今の歌番組に必要な返しを取り入れた。現在の音楽番組のクオリティの根本を変えたのは、「LOVE LOVE あいしてる」が始まりだった。

(拓郎さん曰く)こんな事をやっていたら音楽番組と言えない。もっと音楽的なクオリティを上げないと。ここに集めているミュージシャンの顔ぶれを見てくれ。こんな凄いミュージシャンが集まっているのに、こんな貧弱な音でどうするんだ?音を録ったままではなくて、エンジニアという人がいるんだから、ちゃんとミキシングとかをして、今風の音を作るとか、そういう事を全部やれ。あの番組はイチからだった。放送局のエンジニアはいるが、あまり慣れていない。例えばチャンネル数がすごく多いレコーディングに慣れていなくて、例えば 2ch、4ch、8ch くらいのミキサーでやるくらいの感じだったが、すごいミュージシャンが入っていて、1人1個のトラックは絶対必要だったので、16ch、32ch は最低無いとダメという話から始まって、そこから、ミックスダウンという作業があるのをテレビとかであまりやっていない。それを武部さん、吉田健さん等のミュージシャンが入って参加して、トラックダウンという事を作り上げる事にした。音楽作りは一人では出来ないし、沢山の人達の協力が必要だという事が解って来て、それを浸透していく事によって、スタッフとも打ち解けるようになって、4年くらい、終わりの頃は何も言わなくてもきちんと出来るようになっていた。

篠原さんがデザイナーになった経緯。デビュー当時は篠原さんはシノラーファッション、アクセサリーも自分で拵えてスタイリングしていた。洋服が好きだったのは小学生の頃。デザイン画を沢山描いたり、中学生の時も独学で洋服を作っていた。篠原さんのお母様が洋裁が好きだった。いつかデザイナーになりたいな、と小中学校の頃から思っていた。高校はデザイン学科専門の高校に進学して、デビューしてからも大学は服飾学科の文化学院に進んだ。ライブの衣装、グッズをデザインするのは楽しい、自分の服を作るのは楽しいと思っていたのだが、「誰かに提供する、誰かの為に作るのは出来るのかな?そもそも、そうった話が来るのかな?」と思っていて、やりたいけれども、出来るのかな?と思ったのが丁度、20代くらい。拓郎さんと出会った頃。ある時に拓郎さんが「この洋服等、篠原が全部デザインしたり作ったりしているんでしょう?面白いから、篠原、デザイナーになれよ」と言ってくれた。だから、「拓郎さんが背中を押してくれた」と篠原さんは思っているが、拓郎さんは、この事を憶えていない。

篠原さんは「拓郎さん、私は他人にデザインするとか出来るか?解らないです」と言ったら、拓郎さんは「自分が持っているアイデアというものは皆に配るものなんだ。」。「えっ?そんな事が出来るんですか?」(拓郎さん)「僕が曲を作って色々な人に届けて楽曲提供したように、篠原が持っている服とかデザインのアイデアというのは、自分だけで独り占めにするのではなくて、色々な人に届けてあげなくてはダメだよ。それが君のする事だよ」と仰っていたとの事。

(篠原さん)そこで不思議なご縁で、2013年頃に、松任谷正隆さんから「ユーミンの衣装をやってみない?」と言われた時に、お話をいただいた時に、拓郎さんの言葉を思い出して、「これだ、捧げる時が来た。」拓郎さんは忘れているけれども。一番最初に拓郎さんに連絡した。拓郎さんが「ユーミンの為に捧げなさい、君のアイデアを」。忘れているのに、その時と同じ事を拓郎さんが言っていた。そこで、後から繋がるのが、正隆さんが最初にレコーディングした曲は拓郎さんのアルバム「人間なんて」だったという、全部が繋がって、篠原さんの中で、不思議な力を….。

2曲目「僕の大好きな場所」。


僕の大好きな場所(From AL「AGAIN」)


「僕の大好きな場所」。この曲は拓郎さんの曲先。(篠原さん)拓郎さんが言っていたのは、「人生というのは、もっと、海だったり、空だったり、すごく広くて豊かなんだ。そして、小さな出来事とかで人の心は変わるんだ。だから、色々な出来事を、この歌詞の中に入れて、人を幸せにするような、これを聞いて、みんながハワイに行きたいな?という事を思うような歌詞が出来るはずだ。出来事を入れなさい。自分の体験、喜びを入れなさい」。不思議なのは拓郎さんから言われたら、歌詞が振って来た。

「LOVE LOVE あいしてる」の時の曲のお話。

コシノジュンコさんのご自宅に一緒に伺ったお話。

篠原さんは高校時代は天文部だった。学校が専門的にデザインの事を勉強する学校だった。グラフィック、建築、写真、平面構成。写真は現像を自分で。ここで拓郎さんが写真部だったお話 … 。

篠原さんと佳代さんは、よく女子トークをしている。

佳代さんが拓郎さんに送るメールを間違えて篠原さんに送ってしまった … お話 等。

篠原さんは中学生の時は軽音部だった。

篠原さんはユニコーンが好きだった。

歌の中で、篠原さんへの掛け声と奈緒さんへの掛け声が、だいぶ違う。

3曲目 「 Together 」


Together


篠原さんのご主人のお話。最初の出会いはお仕事。展示会の打ち合わせの時 … 。作品が3万枚くらいあった。「どうして、この道を続けてこなかったの?」「デザインの方を続けて行ったら良いんじゃないの?」 … 。デザインについてはご主人の存在がすごく大きかった。

篠原さんのご主人のお話。最初の出会いはお仕事。展示会の打ち合わせの時 … 。作品が3万枚くらいあった。「どうして、この道を続けてこなかったの?」「デザインの方を続けて行ったら良いんじゃないの?」 … 。デザインについてはご主人の存在がすごく大きかった。

4曲目「パパのニュー・バッグ」ジェームス・ブラウン


パパのニュー・バッグ









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吉田拓郎オールナイトニッポンGOLD20220909メモ

今回のゲストは菅田将暉さん。色々と楽しかった。

メモ

1985年のALL TOGETHER NOWのお話。拓郎さんが総合司会。テーマソングの詞は拓郎さん。テーマソングのレコーディングの時に拓郎さんは初めて坂本龍一さんと会った。大瀧詠一と細野晴臣とは話をしていなかった。それで、まだ会った事が無い事に気が付いた。オープニングは拓郎さんとオフコースで「お前が欲しいだけ」、それで拓郎さんの小田和正さんが一気に仲良くなった。

小田さんからのメールのお話。広島のコンサートで小田さんは「夏休み」を歌った。その時にミニバンドの田辺さんご夫妻が来ていたというお話。小田さんは二日間、「夏休み」を歌った。

アナログLPの話。

「LOVE LOVE」の収録の時にスケジュールが合わなかったのが菅田将暉さん。もう一人は稲垣来泉さん。

アルバムのCDオンリーに「花酔曲」が収録されているお話。拓郎さんのデモテープとの事。

1曲目「ライブ ’73」の「マークⅡ」


LIVE’73

ゲストは菅田将暉さん。

五年前の記者会見、開局50周年だったような。そこで拓郎さんと菅田さんが初めて会った。拓郎さんが最後に恋心を抱いた男性は菅田さん。~原田真二さんに恋心を抱いた話。男性に恋心を抱く話。女性に対しての意識とは違う恋心。

今日のオンエア日が「百花」の公開日。認知症のお話。

菅田さんの髪型のお話。ロン毛の頃が洋服が楽しかった。坊主も洋服が楽しい。

ラジオ番組のお話。会った事が無いのに友達が沢山いるみたいな。

スタジアムジャンパーのお話。

菅田さんがジージャンを作って来た。拓郎さんとピッタシ。

2曲目「あいもかわらず」石崎ひゅーいさんと菅田将暉さん


あいもかわらず

菅田さんが子供の頃に憧れた職業は?教師。小学校の頃に出会った先生が好きで数学が好きで数学がやりたかった。俳優については憧れ方が解らなかった。上京したいという憧れはあった。

菅田さんは最初は仮面ライダーだった。熊本で5000人の人達からフィリップ、フリップと呼ばれた。16歳。子供達がやってきて、この子達に憧れられないとダメだなと思ったとの事。

何もしないで待っている時間の話。音楽の世界の待ち時間は無い。待ち時間に耐えられないと俳優さんは務まらない。鷹を待っている話。

拓郎さんのRONINの時のお話。拓郎さんは俳優の世界に向いていないのが解ったお話。

菅田将暉さんが音楽をするようになったキッカケは、「人生を語らず」。さんまさんの番組。

ライブは楽しいというお話。トランス状態になるお話。

拓郎さんは毎日同じ事をしていると飽きる。ラブソングを毎日歌っていると嘘っぽく感じる。自分に正直でいるのは認めてもらえない。舞台も毎日同じ気持ちでいるのは無理、同じ事は歌えないというお話。

ドラマで役を演じていると記憶が無い時がある。もしかしたら、その人になっている状態に近い状態なのかもしれないというお話。

カットと言われて、数日経って、そのドラマも終わって、その性格が自分に残っている事は?お芝居していない時もその役が10パーセントくらいある。母親に、「今、こういう役でしょう?」とバレる。何か引き摺っている。ボクサー役、だんだん強くなると力を使いたくなる。妄想の話。

3曲目「惑う糸」


惑う糸

初恋のお話。菅田さんは初恋は実った。弟同士が仲が良かった。一緒に帰る事になって、それが中学3年の時、告白。その一ヶ月後、フラれて、何故だか解らない。お揃いの指輪が欲しいと言われて、自分なりに買ってプレゼントしたら、その2週間後にフラれたというお話。高校一年の頃はモテたが仕事で上京したので青春は無くなったというお話。

ネットショッピングのお話。撮影の待ち時間はずっとネットで探しているというお話。拓郎さんの断捨離の話。今年、着なかったものは捨てる。食事は自宅でというお話。作り置きが楽しい。拓郎さんネットでアイスクリームを買っていて、菅田さんが餃子をネットで買っているというお話。

女性の大活躍が社会を動かすという話。昔、拓郎さんのコンサートの野次の中で女性の応援が励みになったというお話。拓郎さんの音楽を支えていたのは女性。「古い水夫」のお話。

4曲目「 Listen to The Music 」Doobie Brothers


Listen to the Music







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吉田拓郎オールナイトニッポンGOLD20220812 メモ

今回のゲストは あいみょんさん。歌詞についてのお話等、とても興味深く良かった。

メモ

吉田たんみょん。堂本剛さんに「たんみょんで再デビューしても貴方は絶対に売れる訳が無い」と言われた。

巷の情報。拓郎さんが芸能活動を引退という噂。「拓郎に近い音楽仲間」、「拓郎をよく知る人」というのは嘘。拓郎さんをよく知っているのは拓郎さんのマンションに一緒に住んでいる方々。責任を負わないメディアの作り話に惑わされない事。ネット、都市伝説、フェイクニュース、全部、あり得ない嘘。佳代さんに「芸能界にいたのか?」「芸能人だったのかな?俺たちは」「芸能界を引退するのは違うんじゃないかな」ユイ音楽工房は芸能事務所という感じでは無かった。芸能界の方々とお付き合いはあったが、どっぷり芸能界に入りきれず中途半端。界とワールドとかは関係無くて拓郎さんは自分の好きな事をやっていたに過ぎない。芸能界を引退というのは好きになれない、敢えていえば卒業、リタイア。平凡な日常の楽しみはあるし、人生をリタイアしている訳では無いし、生きる事を引退した訳では無い。ギターは弾くし。やらないと言った事はやらないが、やりたい事は沢山ある。

リスナーから、LP再プレスの話が沢山。

LPは拓郎さんが記念に残したいと思って作った。プレスには限りがあるので予約が一杯なのは予想外。
ジャケットは素晴らしい。

1曲目「雪さよなら」小田和正さんのお話


雪さよなら


あいみょんさんがゲスト

今度のアルバムは結婚して36年経って佳代さんがやっと認めてくれた(これまではあまり聴こうとしなかった)。佳代さんに若い方の音楽を勧めていた、米津玄師さんに一時ハマっていた。ところが佳代さんは飽きが早い。あいみょんさんの音楽を勧めていたが、女性同士で何かあるらしくて(なかなか聴かなかったのだが)、この前のテレビを観て心が掴まれたらしくて、そこであいみょんさんの曲で、拓郎さんがこれだと思う曲を繋げてアルバムみたいにして佳代さんに聴けるような環境を作ってと言われた。拓郎さんが作ったら、ずっと朝昼晩、あいみょんだらけ。あいみょんさんの曲と拓郎さんの曲がループ。今、御飯を食べる時に「初恋が泣いている」を歌っている、頭から離れない。曲は完璧に把握しているが歌わしてくれるところが無かった(LOVE LOVE)。「初恋が泣いている」の2コーラス目のママについて、気になっていて、1コーラス目をちゃんと聴くようになって「電柱にぶら下がっているママ」。話を変える事が出来そうな歌が、あいみょんさんの歌には多い。天下の大嘘吐きは褒め言葉。でんぐり返しの日々は浮かんでこない。こういう事を歌詞にするのは変わっている、すごい人。あいみょんさんは妄想させるのが上手い。でんぐり返しの日々は考えた言葉では無くて、ただ出てきた言葉を流れるように使う。最初は深い意味は無い。想像力を掻き立てられるナンバーワン。読んだ人が自分なりに判断するしかないという歌詞が多い。解りづらいからこそ、面白い。クイズみたいな歌。どっちにも取れる。拓郎さんは、こういう歌詞は見た事が無い。あいみょんさんは唯一。「桜が降る夜は」4月の夜はまだ肌寒いよね、というカップルの距離感、微妙。27歳、歌詞に書いている事を全て経験した訳では無い。他の兄弟とは違って、手はかからなかったけれども、一番、皆んなとは違った(あいみょんさんのお母さん達的には)。勉強どうこうよりも絵を書く、作文を書くのが好き。基本的に悲観的な妄想。どちらかというとマイナスな思考が多い。でも、外面は明るい。中学から映画が好きで家でDVDを見ていて可哀想な主人公を自分に置き換えて妄想。そういう事が今に繋がっている感じは無い。自分が何故、こういう歌詞を書くのかは解らない。あいみょんさんのお父さんが音響関係だったので、楽器も沢山あって、CDも沢山あったので、唯一、あいみょんさんだけが音楽に興味を持った。それは日本の音楽。でも、日本の音楽の影響は受けていない。ワンアンドオンリー。拓郎さんは色々な人から「あいみょんさんの楽曲は吉田拓郎さん的なニュアンスがありますね」とよく言われるが、拓郎さん曰く、「無い」。全然、拓郎さんの楽曲とは違う。まず、何が違うかというと、音楽は歌詞を書いてメロディーを付けて、ギター一本でこうやっていると、割と同じように聞こえるものもアレンジしたりすると、全く違う音楽に生まれ変わる事が出来る。その意味では、あいみょんさんの周りにいるミュージシャンについては拓郎さんが会いたいくらい、すごく良いミュージシャンが揃っている。アルバム聴いたりして、すごく良いスタッフがいて、これは財産だから大事だと思うが、その前に、じゃあ家でギターを弾いて作って、それが吉田拓郎的なところがあるかというと、無い、絶対に違う。だから、たぶん、あいみょんっぽいものは今後出て来ない。一人で最後。影響を受けて出てくる人はいるだろうけれども、拓郎さんの場合でも全然拓郎さんらしく無い。あいみょんさんもワンアンドオンリー。こんな世界観は考えられない世界観。「恋をしたから」夕方の匂いが苦しいのは、あいみょんさんだけ。夕飯も喉を通らなくては、あるけれども、夕方の苦しくてという表現は無い。ずっと頭が動いている。歌を作っているのは楽しい。どんどん湧いてくる。夕方の匂いが苦しくて、は鯖の煮付けから。読んでいるとすごく面白い歌詞が多い。「愛を伝えたいだとか」の少し浮いた前髪というのは良い言い方。割れてしまった目玉焼き。明日いい男になる訳じゃ無いも良い表現。逆も言えるような歌詞。こんな事を歌にした人はいない。「風のささやき」もロマンチックな感じかな?と思っていたら全然違っていた。こんな事を歌にする人はいない。頑張れと言われるのが苦手だった。でも、こういう表現は。これがメロディーに乗っかっている。

2曲目「初恋が泣いている」


初恋が泣いている


好きなコード。あいみょんさんは Cadd9。拓郎さんは E。

ギターを弾きながら、曲を作る。同時進行。ギターに良い意味で興味が無い。C系で作る。

拓郎さんのギターテクニックの話。

偶々、押さえたコードが良い音だった(あいみょん)。憶えたくない一心。

エレキの方が面白い(拓郎さん)

ヴォーカルの話。あいみょんさんの声は裏声になっても、ファルセットになってもヒステリックにならない。便利な声。高いところになってもヒステリックにならない。

シンガーソングライター以外でなりたかったもの。パン屋さんになりたかった。近いところではカメラマン、音響、になりたかった。元々は絵を描きたかった。美術が得意。学校で褒められていたのは唯一、美術。自分の想像で絵を描くのが苦手(模写が得意)で諦めた。

学校という場所は勉強というより友達と会う場所。好きなものを共有する場所。黒板を写すのも、のーとをとるのも如何に綺麗に書けるか?という事しか考えていなかった。ノートはアート。絵のような感じ。勉強は一切出来なかった。

お酒の話。あいみょんさんはビールが好き。他のお酒も好き。日本酒に辿り着いていない。

カメラが好きだという事と酔っ払いになるところは拓郎さんと似ている。昔の髪型とガチャピンと。

3曲目「桜が降る夜は」


桜が降る夜は


「初恋が泣いている」が名曲だという話から初恋の話から「準ちゃん」を拓郎さんが演奏。あいみょんさんは色々あるが初恋はどれだったか?一番早いのは小学校? 中学。陸上部は誰も振り向いてくれなかった。あいみょんさんの好きな人は陸上部。第二ボタン。そこから曲は生まれなかった。好きな人の為に曲を作ろうというのは無かった。「準ちゃんが吉田拓郎に与えた偉大なる影響」(拓郎さん)。

遊びに行ってみたい場所。ニューヨーク。今は日本で行ったところが無いところに行きたい。お風呂が好きで無いのも拓郎さんに似ている。温泉の話。

動物が好き。多摩動物公園の猿山がお勧め。

あいみょんさんは、拓郎さんが今まで会った事が無い人という話。お喋り過ぎる。3秒黙るのがしんどい。一人喋りは平気。一緒に暮らすと楽しそう。楽しませる自信がある。スタッフにあいみょんやっていて楽しいと思ってもらいたい。あと 4〜5時間大丈夫そう。

ずっとあいみょんのアルバムを聴いて、かなりスペシャルな感じで評価していて、オリジナリティーというのがすごくあって、咄嗟に浮かぶフレーズみたいなものをメロディーに乗せるやり方はとても斬新で拓郎さん達も70年代からやってきたんだけれども、また、もう一段階前進して、もう一つ新しい曲を作る曲作りのパターンをあいみょんさんは確立しつつある。米津玄師さんの曲作りも斬新だし、若い人達が日本のポピュラーミュージックを引っ張っていって、また、それらにつられて若い人達が影響を受けて曲を作っていくという、将来の日本の音楽がそういった方向に行ってくれると、どんどん新しく日本のエンタメ、ミュージックの世界も素敵な方向に行くのではと期待している。あいみょんさんが楽しい、すごく面白いというのが解ってびっくりした。

4曲目「夏休み」(アルバム「一瞬の夏」より )


夏休み








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吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLDメモ(2022.7.8)

ゲストは Kinki Kids 。曲は2だけで、お話の密度が高かった感じがする。


ah-面白かった(CD+DVD)


 昔、剛さんは魚釣りに凝っていた時代があった。光一さんは車をずっと。拓郎さんは昔、ジープに乗りたくて、光一さんに suzuki ジムニーを紹介された。そしてラングラー、ゲレンデを紹介されて、結局、ジープが3台になった。光一さんは、そもそもジープに関心無い。拓郎さんは車の色を塗り替えて、ハイライトの色になった。

剛さんの魚釣りの話。伊豆でドラマ撮影の頃、偶に日中だけ撮って夜は無い日があって、当時のスタッフの音声さんから夜釣りに誘われた。その時に釣りは良いかもしれない、ぼーっと出来るし、波の音も聞きながら、すごく気持ち良かった。当時も忙しかったので真逆の世界な感じがしてハマっていった。自然を感じてからスタジオに入って、切り替えが出来た。人生の最後は釣りをすると思う。

光一さんの車の話。現在、沖縄ロケの時とは違って光一さんは安全運転、ゴールド免許、無事故、フェラーリに乗っている。

買い物に行く話。光一さんも剛さんもコンビニとかに行く。オーラを消しているので他の人から気付かれる事が無い? スーパーで値引き品を買ったりする。剛さんは、元々、外食はしない。光一さんは服を買いに行った事がない、サイズが難しいのでスタイリストが持ってきたのを買う感じ、外で試着とかはしない。拓郎さんは試着が好き。剛さんはどちらでも、ただ店員さんが勧めてくるのが苦手。

拓郎さんは10代の頃と東京に出て来てからとは全然違うというお話。

拓郎さんは今の時代にはなかなかいないリーダーシップの取り方をしているというお話。拓郎さんが言っているところに皆んなが向かっていけばきっと良いものになる、となって皆んなが向かっていく感じ。今の時代のリーダーは皆、守りに入っている。拓郎さんとジャニーさんのリーダーシップの取り方は同じ感じ。

Kinki Kidsが本格的にギターを始めたのは 「Love Love あいしてる」から。リスナーからのメールのお話。二人だけで曲を作ったアルバムを望むメールが多い。

「Love Love」収録の時のお話。新曲の音源が届いて拓郎さんが聞いたところ、拓郎さんがKinki Kidsについて持っていたイメージとは違っていた。今まで拓郎さんは剛さんのボーカル、光一さんのボーカルという聴き方はしていなかった。拓郎さんはKinki Kidsとして聞いていたから、二人の歌への接し方は割と近いと思っていた。拓郎さんは剛さんのボーカルについてはナーバスで内にこもっている感じをイメージしていたが、聴いてみて、ものすごく力感があって、どちらかというとアクティブ、行動的で活発で男らしい歌。光一さんのボーカルはものすごく切々としていて、ものすごく訴えている。拓郎さんが光一さんに抱いていたイメージは普段アクティブな感じと捉えていたが、ボーカルは光一さんが切々と訴える感じで、剛さんはアクティブなボーカルとなっている。拓郎さんは二人の性格を逆に見ていたから、ビックリした。お互いソロでやっていたものが出て来た。二人は各々、オリジナルだが、一緒に見てしまう先入観があるのかもしれない。

剛さん:拓郎さんから提供された詞から「明るく行こう」というものを感じた。本当に悲しい時こそ明るく行くという美学。ジャニーさんの時の事を思い出した。寂しい時程、明るい方に行こうという自分がいた。

光一さん:しっかり歌詞を伝えたいという思いが先行していた。

拓郎さん:剛さんのイメージも光一さんのイメージもひっくり返った。上手くなっている。表現力が豊か。

剛さん:10代の頃、拓郎さんと一緒にいると色々と叶っていく。その頃の感覚が戻って来た。

曲「危険な関係」。主人公は光一さんと拓郎さん、剛さんと拓郎さん。拓郎さんは二人を Kinki Kidsとして見ていない。


K album【通常盤】



危険な関係


拓郎さんの中では篠原ともえさんは17~8歳で止まっていた。Kinki Kids と篠原ともえさんは同年代で、Kinki Kids にとっては篠原さんの成長の仕方は妥当。篠原さんは昔から服飾が好きで自然な感じ。あの頃はテレビの雰囲気に答えなきゃいけないというキャラクター、篠原さんは一生懸命演じていた。サービス精神の種類が変わった。ハワイに一緒に行った時に海辺で篠原さんは月をずっと眺めていて、繊細さを感じた(剛さん)。

「Love Loveあいしてる」で印象的な人。拓郎さんは大原麗子さん、Kinki Kids は安室奈美恵さん、つんくさん。大原麗子さんの “帰りたい、私”

光一さんが自分が描いている事。激動の中、拓郎さんが表舞台から去るのも激動の内の一つで、これからの事は想像も出来ない。漠然としたロードマップはたてている。一つ一つ、その場の事をこなす。

剛さん:音楽はやりたい事をやるだけ。どんな事をやっていても、どんな場所にいても、自分を生きれていれば良いなと思う。自分を生きるという事は我儘という事ではなくて、自分を信じて生きる。考える事も自分だから考える事を信じて。計画、ロードマップは考えていない。その日、その日に自分を支えてくれる人、ファンの方、応援してくれる方、自分の人生の仲間と過ごしている中で色々と気が付いた事を優先するのか、気付いた事を数年後でも。最終的には釣りして楽しんで、ぼーっと過ごせたら良いかな、みたいになりたい気もする。

拓郎さんからのリクエスト。数年以内に Kinki Kidsで力を出して拓郎さんをハワイに連れて行く番組を作って欲しい。

曲「Amazing Love」


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吉田拓郎 2019 -Live 73 years- in NAGOYA / Special EP Disc「てぃ~たいむ」(Blu-ray Disc+CD)


吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLDメモ(20220610)

来月からはニッポン放送のスタジオで収録。今回が最後の宅録。個人的には女性作詞家についてのお話が聞けて良かった。

メモ

cdジャケットの題字は堂本光一さん。実は字が上手いのでは?字の持つインパクト、輝き、それはこの字以外はダメだと拓郎さんは感じるようになって、光一さんに題字をお願いしたのは大正解。光一さんの愛情を感じる。能ある鷹は爪を隠す。

今回は曲もメロディーも作詞も打ち込みの機材に向かうとスラスラスラと頭に浮かぶ。今までは普通、悩んだりして詞を書いたりメロディーを作ったりしていたのだけれども、今回はグングン頭に浮かんでくる。以前、竹内まりやさんが「曲が降りてくる感覚がありますよね?」と仰っていたのだが、今回は全曲降りて来たという感覚。全てが拓郎さんを取り巻く環境、贅肉とか無駄な気遣いとか、それらを全て整理した人生を送っているので、そういう事をすると寂しい人生になるのではないかと、という心配事が多少はあったような気がするのだが、拓郎さんの場合は整理した事によって心が逆に豊かになって、そういう気分がとてもハッピーで、クリアーで、青い空のような気分になった。そういう状況の拓郎さんを Kinki Kidsや、奈緒さんや、小田和正さん達が、皆んなが心を開いて受け止めてくれて、協力をしてくれた。音作りの方では、ギターの鳥山さんや、キーボードの武部さんが全力で取り組んで、これまでとは違うアプローチで、拓郎さんの作りたい音楽というのを、バンドセッションの時と違って、沢山のデモテープを武部さんや鳥山さんに聞かせて、武部さん達が今までと違うアプローチをしてくれた。リモートだが沢山注文を出した。それに対して武部さんや鳥山さんが非常に真摯に取り組んでくれたという結果もあると拓郎さんは思っている。そういう、あらゆる事を現在の拓郎さんを愛が沢山、そういうのを受け止めてくれた、その結果と言うしかない。本当にありがとうという気持ちが拓郎さんの心の中にある。

フォークソングが初期の頃、松山市民会館で拓郎さんがステージでリハーサル中に、拓郎さんの愛用のマーチンのD-35が楽屋から盗難に遭って、小野和子さんのギターを借りて拓郎さんはステージに上がった。

拓郎さんが緊張を解くのに歌う曲は「骨まで愛して」

1曲目「アウトロ」拓郎さんのシャウトが入っている曲。

作詞の話。安井かずみさんは「気がつかないうちに男の人は男目線というを作り上げているから、それは私はとても気に入らない」と仰っていた。女性から違う視点で書いてもらう曲も拓郎さんは逆にハッピーになれるという事で阿木耀子さん作詞の「とんとご無沙汰」、「春だったね」はアマチュアの田口淑子さん。「春だったね」は深夜放送に頂いた葉書に詞が書いてあって、それに拓郎さんは曲を付けた。「せんこう花火」は古屋信子さん。これも葉書に書いてあった詞に拓郎さんがメロディーを付けた。この2曲は歴史的な存在になっている。女性目線のとても素敵な曲。

プロの作詞家 白石ありすさん。「御伽草子」。白石ありすさんは流行歌、歌謡曲という作風であると拓郎さんは当時から思っていた。ただ、ありすさんを取り巻く環境はフォークソングファンが多かった。「素敵なのは夜」。「ソファーのくぼみ」8分の6拍子。東京キッドブラザーズ、テレサ野田さん。

それから月日が流れてキャンディーズ派?ピンクレディー派?という時代、拓郎さんはキャンディーズ派だった。ピンクレディーはオールナイトニッポンに一度だけゲストで来た。拓郎さんは増田恵子さんのアキーボイスが良いと思っていた。時代が流れて、増田惠子さんがソロアルバムを出した時に「ソファーのくぼみ」を吹き込んでいたのを拓郎さんが聞いて、惠子さんにピッタリな曲だと解った。

2曲目「ソファーのくぼみ」増田恵子さん

拓郎さんは広島で学生時代、リズム&ブルースのバンド、ダウンタウンズというのをやっていた。同時にその頃、フォークソングが流行り始めて、広島フォーク村にも入っていた。実際には拓郎さんは、フォークソングというのが何なのか?何故、フォークと言うのか?というのは全然勉強もしなかったし、勉強しようとも思っていなかったので、解らないままで、こういうのが良いのならという事で弾き語りをやってボブ・ディランの物真似とかはやっていた。拓郎さんはボブ・ディランへの強い憧れはあったが、ディランのプロテストソングという傾向にはまだ辿り着けていなかったし、やる気もその頃は毛頭ない訳で、自分で弾き語り用のラブソング等を作って、ロックバンドの知名度が広島であったので、拓郎さんが弾き語りでフォークとして弾き語りを見せたりすると、それなりに広島ではウケていた。ただ、一緒にロックバンドをやっていた Mさんは拓郎さんがフォークのような感じ、広島フォーク村に入っていたりする事を良く思っていなかったという事を拓郎さんは感触として受け止めていた。後で聞いた話では、Mさんはフォークソングのブームも好きではなかったし、フォークソングというもの自体に興味がなかったらしく、Mさんは黒人のソウルミュージックを愛していたので、拓郎さんのコンサートにも足を運ばなかった。でも拓郎さんはMさんの気持ちはよく解る。でも、拓郎さんはフォークソングブームが大学生を中心にキャンパスに広がっていて、女の子達がどちらかというと渋めのリズム&ブルースより分かりやすい入門しやすいフォークソングに集まる気持ちもブームとしては解る気がする。拓郎さんはリズム&ブルースとフォークソングを上手く使い分けていた。その頃に拓郎さんが弾き語りのコンサート、ギター一本の弾き語りのコンサートをやったライブ音源が拓郎さんの勉強部屋から出てくる。渋谷のジャンジャン等。

3曲目「雨」(広島でのライブ音源)

篠原ともえさんが革の着物で国際広告賞を受賞した話から。「LOVELOVEあいしてる」という番組から、こういう現在を想定していたのだろうか? Kinki Kidsの現在のような成長を見せている事実、篠原ともえの今回の快挙。あの時にこういう事を想定した人がいたのだろうか?「LOVE LOVE あいしている」は奇跡みたいな事を生んでいる。

2019年のライブツアー。完成度は文句無し。ツアーの最終回は神田共立講堂でのステージ。その時の音源から。

4曲目「わたしの首領」

 テイチク・インペリアルレコードの頃、レコーディングスタッフにとてもユニークな男性がいて、若い頃は痩せていて格好良かったが、拓郎さんと出会った時は若い頃のかけらも残っていなくて、この方が若い頃の自慢話をする。若い頃のモテた話を語る。その人をモデルにした曲。曲は格好良い。ご実家はお寺。風の便りには現在はお坊さん?

4曲目「Ossan」

飲酒という行為は神の行為だったという説がある。つまり共同体という集団をまとめる為にお酒という行為を利用していた。お酒は集団で飲むもの。集団で飲む事によって神様も人も皆んなで飲み交わす行為、そこで人心も神様も一つになる、という事があったという話。ところが時が流れてお酒が神様というポジションから離れていって平凡な民達に日常の好きな場面で好きなように飲むという事に変わっていって、お酒というものが自由に進化していく。お酒は集団から一人に変化していった。お酒は一人一人の日常に浸透していく。そういう社会が誕生していく。それが現代社会に繋がっていく。拓郎さんは一人飲みが嫌いだった。コンサートツアーで全国で夜の街を体験出来る。旅そのものの楽しさ。コンサートが終わって現地の若者と和気藹々になってやっていた。今までの芸能界では考えられなかった。古いしきたりを打ち破って、もっとフレンドリーで良いのでは?という拓郎さんの意思表示だった。ある事件をきっかけとなってガードが固くなる方向が戻ってしまった。(ツアーに纏わる楽しいお話)。岩手の夜の思い出。

5曲目「雪」

(略)「ah-面白かった」についてのお話

6曲目「ah-面白かった」

ソクラテスの「無知の知」のお話。

7曲目「今夜はビート・イット」(マイケル・ジャクソン)

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吉田拓郎オールナイトニッポンGOLD(20220513)メモ

今回は新アルバムの全曲解説


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メモ

今回のアルバムは全曲カットアウト(フェードアウトなし)。拓郎さんの音楽史上初めて。このアルバムはスペシャル。佳代さんが何十回、何百回と聞いている。フェードアウトが無い。

「ショルダーバッグの秘密」

拓郎さんは東京に出てきて考えもしなかった出来事に巻き込まれる事が沢山あって、想像していなかった事件に巻き込まれたり、社会から強烈なイジメというか、そういう事も体験したり、拓郎さんの周りには愛が無いのかな?と思ったりした事があったり、広島から出てきて結局ひとりぼっちだと悩んだ日もあった。そういう事が続く青春が若い頃あったのだが、拓郎さんはその時々に沈黙を割と守って、もう話さない、言いたく無い。拓郎さんが愛していた媒体、深夜放送、ラジオという媒体以外は、もう話したくない。拓郎さんが黙りこめば黙り込むほど、悪とまではいかないが、そういう評判みたいなものが、やや定着しそうになった時代があった。本当はそうではなくて拓郎さんが黙っていたからそうなったという事が色々とあって、真実、本当の事を胸中に隠したまま、拓郎さんが自分に課したのは音楽という事でしか自分の正当性だとか、自分が間違っていないという事だとかは、音楽をやる事によってしか回復出来ないと、そういう風に追い込まれた時期があって、拓郎さんが作る音楽等は一切メディアで放送されなくなる時期もあった。そういう時に音楽で戦っていくしかない。喋ったりインタビューを受けたり、そういう事をするのが無駄だという時期があって(当時、社会は敵だと思っていた)、アルバム作りとコンサートツアーに全神経を投じていこうと決心した時期だった。アナログLPの中に拓郎さんを信じてくれていた人達の為にエッセイを入れたとの事。「金沢の夜」「愛が得られなかった別れの事」等、拓郎さんが語った事が無い事をエッセイとして残した。拓郎さんは当時世間で語られたりしていたルールをあまり持たない、非常に自分勝手なというイメージ、そういうものは、拓郎さん自身とはかなりかけ離れたイメージだったという事を拓郎さんは話しておこうと思った。本当の拓郎さんは困ってしまう程真面目で普通である事が大好きで普通に生きる事が愛だと思っていて、そういう人間だったという事を最後に書き記しておこうと思って拓郎さんはエッセイを書いた。

拓郎さんのショルダーバッグの中には色々な秘密が詰まっている。詳細はアナログLPのエッセイ

「君のdestination」

皆んな誰でも色々と自分の日常とか行き先、人生の方向で悩んだりする事がある。そういう些細な事を悩んでいても仕方が無い時があって、時々、悩んでいる自分に酔っているという事があるのではないか?という曲。貴方が何処へ行こうが、何処へ向かおうが、知ったことではない。今、そんな大した問題ではない。そんな大問題にすることがおかしい、今は。気にしないで、成り行きで行こう。ラテンの音楽を取り入れて。君のdestination、行く先。

アナログLPの話。つま恋で撮影。奈緒さんがイメージガール。このアルバムにしか付いていない、エッセイ集『ちょっとだけTrue Story』が封入されている。数量限定、増版はしないとの事。8月10日発売。

3曲めは拓郎さんの真実を歌った曲「Contrast」

拓郎さんの人生は「愛」というものを求め続ける幸せが欲しい。「愛」を求め続ける人生だったように拓郎さんは思っている。人間と人間が織りなすドラマは本当に不可解。自分とは全く無関係であるはずの自分とは無縁なはずの「周囲」という環境。自分を含む空気感の中からいとも簡単に勝手な作り話とかが横行してしまう。実に厄介な道のりだった。拓郎さんは自分の運命を恨んだりもしたし、どうしても避けては通れない道も目の前にあった。自分に正直であろうという事を貫くしかない。当時の拓郎さんが抑え切る事が出来ないような熱い男だったが為にそういう事が生まれてしまった。多くの敵が生まれてしまって、多くの戦いに立たされてしまった。当時、拓郎さんを叩いた人達は、そんな事があったのか?というくらい記憶に無い事。そして第三者が輪をかけてネットを含めて色々な事を言い始める。憶測が憶測を呼んで噂話がどんどん広がっていく。現在、拓郎さんは本当の愛、平和な環境を得る事が出来ているのかもしれない。佳代さんと出会えた。残りの時間を有意義に過ごしたい。明るい楽しいエンディングを作らなければ。

4曲目「アウトロ」

Kinki Kids と拓郎さんのタッグを、あと721億回見たいという書き込み。もしかしたら、あと1回なのかな? フジテレビと話が進んでいるという話から、剛さんのパンナコッタの話、光一さんからメールが来る話等、Kinki Kidsの話。三人は歳の差だとか、キャリアとか、生きる道の違いとか、そんな事は何も関係無い。一人の人間として出会った3人。言葉が意味を持たなくなる位、3人が会う事は素敵な瞬間といった話。

11:00 佳代さん

5曲目。堂本剛がアレンジしてエレキギターで参加している。ハーモニーで参加しているのは吉岡悠歩さん。「ひとりgo to」

「たえこMY LOVE」という曲の主人公は実在のモデルがいて、70年代の中頃、柳田ヒロと付き合っている時期があって、ヒロは典型的なプレイボーイでモテモテ男。柳田ヒロがある夜連れてきた一人の女性がいて、ファッション、口調がその時代の最先端を行っている雰囲気を醸し出している女性で頭も良かった。ただ、この女性は拓郎さん達には言いたくないエピソードを沢山持っていたらしくて、話したくないエピソードを心の中に仕舞っているらしくて、若くて美しい女性だけれども、何処かに潜んでいる暗い、マイナスなイメージが、時々匂う人。おそらく24~25歳なのに、もう世の中にウンザリしている、如何にも70年代女性という感じ。その後、その女性とは何のサインも無いまま、ふわっと会えなくなった。ただ来なくなった、不思議なイメージを残したまま居なくなった。あの「たえこMY LOVE」から月日が流れて2021年の夏に原宿の表参道を見ていると、あの頃、雨に濡れながら3人で、表参道を走った思い出がフラッシュバックしてきて、あの曲の完結編を作ろうと思って作った曲。リズム&ブルース。6曲目「雨の中で歌った」

「雪さよなら」。ハーモニーが、あちこちから絶賛されている。小田和正さんと拓郎さん。拓郎さんが小田和正さんのような歌い方をしている、3回。ウィスパーボイス。拓郎さんもいつになく優しい歌い方。泉谷チャリティーというコンサートが2~3回。国立競技場でのコンサート。オフコースと2曲、ジョイントでやった辺りから小田さんと最接近するようになった。音楽の方向性は必ずも一致していないのだが、そういうところに向かう情熱、マインドはお互いに共鳴しあうものがお互いにある。現在、一番貴重なスペシャルな時間はスイーツ会。小田和正さんとの素敵なコラボレーション。7曲目「雪さよなら」。

昔、ケネディー大統領が暗殺された後に就任演説の後ろからTogether… というコーラスをつけた歌がレコードになって発売されたが、ケネディー大統領は手を取り合って新しい時代、新世界を切り開いて行こうと、演説を行ったと思うのだが、この詩の内容を抜き出してコーラスと一緒になった曲が発売された。拓郎さんはケネディー大統領の暗殺によって、甘い青春のような淡い憧れを持っていたアメリカへの気持ちが大きく後退していくという、アメリカに付いてのマイナスイメージが強く記憶に残っている。そういう時にケネディー大統領が言った「Together」という言葉を上手く使って歌にしてしまう、曲にしてしまうという発想がポップな軽いアイデアがアメリカの良いところだとも当時、拓郎さんは思った。今回のアルバムで若い人達から協力を得て、拓郎さんは心から感謝の気持ちを表していきたいと今後も思っていて、このアルバムに参加された小田さん、Kinki Kids、篠原さん、奈緒さんを登場させた曲を作ってみたいと考えた。現在、トーキングブルースという形で曲を作る人は拓郎さんしかいない。何故か日本人はトーキングブルースをやらなくなった。「Together」では拓郎さんがエレキギターを2本弾いている。どの音が拓郎さんが弾いているギターなのか当てるのは難しいかな?拓郎さんのギターは60年代のリズム&ブルースが基礎になっているので、フレーズを聞けば如何にもあの頃のアメリカンな感じだと解る人はいるかもしれない。争い事はいけない、争いの無い世界、地球環境も含めて、この地球は危ういのでは?というメッセージ。みんなで「Together」で仲良く暮らせる場所、そういう地球であって欲しいという思いを込めて。8曲目「Together」。

音楽は人の心にちゃっかりいつの間にか入り込んで来ては悪さをする事が気がする。音楽は素敵でチャーミングなものだが、怖い、危険な一面を音楽は持っているような気がする。これが時々人生に影響を与える事が無いとも言い切れない。たかが歌、たかが音楽、されど歌、されど音楽。今回のアルバムでは全編を通じて一人の人間がそれなりに誠実に、しかし時にもろく、時に危うく生きてきた道を表現してきた。人生は1回限りでやり直しとかリテイクとかは出来ない。彼は彼なりに必死で生きてきた。事ある毎に彼は強気な発言をして周囲は気にしない、周りが何を言おうと俺の知った事では無い、独特の意地っ張りなところを示していた。でも、そんな事が普通に考えて一人の人間がずっと意地を張り通して出来る人間がこの世に存在する訳がない。断じて、そんな強い人間がこの世にいる訳がない。誰だって皆んな弱くて、脆くて、危うくて、独りぼっちで、そういう生き物では無いのだろうか?人間は。彼は意地っ張りだったが陰では泣いた事もあったはずだし、強がっていたが、そうではなくて裏では一人で悩んでいた事もあったのでは無いだろうか?やっぱり愛してもらいたいという気持ちが強かったと思う。この曲の内容はライナーノーツを読みながら貴方のご家族とかを思いながら、拓郎さん夫婦のような似たような境遇の方がいたら、お母さんの事などを思いながら、聴いて欲しいとの事。アルバム最後の曲「ah-面白かった」。

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吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD(20220408)メモ

今回は新アルバムについてのお話が主だった。

メモ

リスナーからのお誕生日のメッセージ

曲「いくつになっても happy birthday」


いくつになってもhappy birthday


サッカー 三笘薫選手の話題~。中継したニッポン放送は偉かったという話。

拓郎さんのブログに「いいね」を押すところが無いという話。

拓郎さんのブログのお話。

 Kinki Kidsのお話。Kinki Kidsと久しぶりに会った。最初は緊張するかもしれないという気分で行ったが、会った瞬間から光一君とも剛君ともくだけまくりだった。何年も前のあの時の儘だった。一言で言うと3人共成長していない。「拓郎さんの中で僕なんて17歳なんでしょう?」(光一)。そうすると拓郎さんは50歳?

 小田和正さんのお話。前回のスイーツ会が3年前?拓郎さんと小田さんとの関係は変わっていない事が確認出来た。小田さんはフォーライフについての番組について「最後の拓郎さんのメールの言葉だけが良かった。他は興味無い」との事。拓郎さんが小田さんのコンサートスケジュールが決まったら、こっそりと行くという話。

 拓郎さんと佳代さんのお話。30年以上パートナーとしてやってきている。拓郎さんはリーズナブルな価格の安いものを大量に買うタイプ。佳代さんは1枚のTシャツを決めるのに非常に時間のかかる、30分くらい考えたり迷ったりして買い物を止めるタイプ。そして隣に高級品だけを扱っているブテックを見つけて、高級品については即決する。

 新アルバム情報。アルバムタイトルは「ah-面白かった」。このタイトルに辿り着いた経緯は佳代さんのお母様、若くしてシングルマザーとして佳代さんを育てた。拓郎さんのお母様も訳があって別居生活となり一人で3人を大学に行かせてくれたりした。2人のお母様はどちらかというと苦労話や愚痴等をあまり口にしないようなタイプだった気がする。だから2人は母親から苦労話というのをあまり耳にした事が無い。2人のお母様は天国に旅立ち、本当にご苦労様でしたと心の中で感謝しながら、事あるごとに2人の母親の思い出話等をしては笑顔になれる日常というのを今でも送っている。佳代さんが以前出演したドラマ、宮藤官九郎さんが脚本を書いた「ごめんね青春!」で主人公の母親を演じた。この母親がドラマの中で突然他界するのだが、この時にご主人役の風間杜夫さんを前にして病室で一言だけ口にした言葉が「ああ、面白かった」という一言を呟いた。後日、風間杜夫さん演じるご主人がこの時を述懐するシーンがあって、これを思い出しながら「楽しかったとかじゃ無いんだよ。ああ、面白かったって言ったんだよ」と涙を流す。拓郎さんと佳代さんの2人の母親の事を頭に浮かべて、2人の母親共、口に出して言えないような苦労が時代的にもあったはず。拓郎さんのお母様の頃は女性が仕事に就くという環境が整っていない事もあり佳代さんのお母様についてもそれに近い事があったと思う。それでも、この2人のお母様達は拓郎さん達に辛いとかキツイとかというニュアンスの言葉をなるべく伝えなかっただろうと思う。2人のお母様は天国で「ああ、面白かった」と笑っているような気がしてきた。拓郎さんは今になってお母様達が言葉ではなくて、残して行った空気、風の中にお母様達の「愛(LOVE)」があるのではないか?その「愛」がやっと見えるようになってきた。そういう現在を送ってきているような気がしてきた。拓郎さんは全編を拓郎さん流の「愛」で貫いてみたい。そういう決意でアルバムを創ろうと決心した。この「ah-面白かった」という言葉が頭の中にある限り、とてもスラスラと詩が浮かんできて、面白く無い詩、面白く無い事も結果的には最後に「ah-面白かった」と言えるような、Happyな気分になれるような詩が沢山書けたような気がしている。発売日は2022年6月29日。DVDサイズのケース。9曲。disk2はメイキング映像、インタビュー。 

曲「雨の中で歌った」。「たえこMY LOVE」の主人公は、たえこさんという人では無いが、歌いやすかったから、「たえこMY LOVE」。主人公は実在の女性で「雨の中で歌った」のストーリーに話としては繋がっていくという拓郎さんの思い出の話。

 「君のスピードで」、「I’m In Love」、「季節の花」、「早送りのビデオ」、「昨日の雲じゃない」、「慕情」等を歌って、Youtube等に載せるなら、トライしてもらいたいとの事。70年代頃の曲は卒業してほしい。せめて80年代くらいにして、そこから前に進んで欲しい。空気というのを読んで欲しい。現在という瞬間はどういう時なのか?自分はどういう風の中、どういう風なスタンス、立ち位置で立っているのか?というのを考えないと。友人や最も大事な家庭とか家族も含めて、そういう中で自分は現在、どういうポジションにいるのかどうか?事。それが例えば孤独であっても、それを自分できっちりと理解する事によって、実は次が見えてくるのは間違いない。世間体とか噂話とか、そういうものは関係無い。信じられるのは自分のハートなのだから。自分に正直だったりする事、正直だったが為に踏み間違ってしまった道。誰も憎んだり恨んだりしていない。浅はかだったのは自分だから。自分が浅はかだったから、そういう結果になったという事を書いてみた。このラジオだって、「もう、いいよ」という雰囲気を感じたらリタイアする覚悟は何時でも出来ている。「今日までそして明日から」や岡本おさみの作品は良い作品だが、充分楽しんだし、充分評価もされた。「祭りのあと」は名曲だったが、でも、「だった」という事。半歩でいいから前に進もう。そこに停滞しない。それはライブ活動をリタイアしようとする決意にもなった、見ていて解った、停滞している。それが風の便りに伝わってきた。そこで何時も歌えないという事が拓郎さんの中で生まれた。そういうのを感じた時にリタイアしようということが決意として固まってきた。時間が無いから、そういうところに居たくない。拓郎さんは拓郎さんだけに解っているという未来を自分の中に作って、それに向かっている。フォークソングとか70年代は素晴らしい時代だった。それを体験したから現在がある。でも、やっぱり単なる通過点である。人生とは1回だけ。もっと柔軟に、もっと柔らかく、その時の風の具合を読みながら風に吹かれたりしながら、その時々だけの空気とか風を感じながら、少し明るい、少し楽しい明日を見る為に今日一日を頑張る、過ごすという生き方をしようと。残り時間が少ないからこそ、縛られたままで何も変わらないでいいという生き方はやりたくない。半歩前に進んでいる。

 曲「Together」。月に住んでいる篠原ともえ。火星に住んでいる奈緒に「たくろうチャン」が話しかける。地球はボロボロで色々なところで争い事も起こるし温暖化とか自然破壊がすごいスピードで進んでいるしコロナという未体験の恐怖に慄く日常生活になってストレスが沢山溜まって、明日、そちらで、小田和正を連れて美味しいスイーツ会をやりたいから明日の便で行くから。篠原のところは争い事とか無いんだろう?待っていてよ。Kinki Kidsと楽しい写真を撮りたいから奈緒のところに明日の便で行くから待っていて、というトーキングブルース。「たくろうチャン」がそちらに行くという曲。

 曲「雪さよなら」。エレック時代のお話。「青春の詩」というアルバムに「今日までそして明日から」そして「雪」という曲。レコーディングに不満があったが、拓郎さんは好きな曲で自信作だと思って過ごしているが、「雪」は、CBSソニーで猫というグループが出た時に、この曲を歌ってもらってヒットした。雪の夜の岩手県の一夜のエピソードがテーマとなっている実話。先日、拓郎さんのただ1人の同年代の親友、盟友、心友である小田和正さんが、この曲にボーカルとして参加していただけるという事になって、曲を渡したら小田さんがアイデアを入れてデモテープを戻してくれて、小田さんらしくて、この「雪」という曲のロマンテックなイメージをかなり盛り上げてくれている。この「雪」という曲は今回、小田和正さんと一緒にやれた事によって生涯の一作になっている、このコラボは歴史的なコラボになったと拓郎さんは思っている。70年代から現在まで拓郎さんが交友しているのは小田さんだけで他は現在は交友関係は無い。曲名は「雪さよなら」と変えて、歌詞の内容も最後に付け加えたりして、少しロマンテックをもっと煽って作った。

 Kinki Kidsの2人の優しさを拓郎さん程体験している人はそんなにはいないと思うとの事。無言のうちに出来上がった空気、独特の空気感が3人の中にある。これは変わらずに存在しているような気がした。この空気感は計算して作れるものでは無いし全ては偶然だと思う。この空気感は、この3人でないと出来ない。運命とか偶然が生み出した独特の空気感がこの三人の中で生まれて、この3人でしか作り出せなかった風。光一君は20代の頃と違う雰囲気が現れていた。アルバムのタイトルはマジックで光一君が書いた。光一君はイラストも描いた。ラストアルバムのタイトルを堂本光一が書いただけで拓郎さんは幸せ。素敵な題字。「ひとり GOTO」、詩を書いて剛君に見せたら、この詩の一部分に非常に強く惹かれて、この部分を曲の一番最初に持っていくというアイデアを入れて拓郎さんを驚かせた。剛君は拓郎さんの影響でファンク・ミュージックやリズム&ブルースの影響を受けた。だが、剛君の音楽はジャンルに収まっていなくなって堂本剛ミュージックという感じになっている。曲「ひとり GOTO」アレンジは堂本剛。今の風、2022年。

 広島の大学生時代、拓郎さんはロックバンドでの毎日に明け暮れていて、夜遅い日常で深夜に帰宅すると、どんなに夜遅く帰ってきても玄関の外の街灯がつけられているのを拓郎さんは忘れた事は無い。拓郎さんのお母様は毎晩、帰りを待って起きていたのかもしれないし寝ていたのかもしれないが、街灯がついていた。お母様は夜中に拓郎さんと顔を合わせるという事はしなかった。そういうお母様のやり方が拓郎さんは好きだったし気持ち良かったし逆にそういうお母様だったからこそ信じる事が出来た。佳代さんもシングルマザーとして娘を育てながら、出来るだけ、この一人娘に辛い思いをさせたく無いという思いがあったのかもしれない。不自由な気持ちを感じさせたく無いという気持ちがあったのかもしれない。自分を犠牲にしても佳代さんを育てるという色々な苦心をされたのだと思う。佳代さん親子はお互い気性が激しいのか?よく喧嘩をしていた。逗子の頃も。この親子喧嘩は仲が良すぎる事から始まっている。この2人の愛情は他の誰にも理解出来ないくらい、あまりにも深い、深いところで繋がっているから、些細な事で諍いが起きてしまうと拓郎さんは外から見ていて感じていた。佳代さんのお母様の運命の日に佳代さんは、本当に少しだけ間に合わなかった。その時のお母様の表情は穏やかだった。シングルマザーで佳代さんを育て上げたという中には苦しみとか悲しみとかキツイ体験が色々とあったのだろうが、実に静かで穏やかな笑顔にも似たような旅立ちの表情をされていた。佳代さんのお母様の生き方にケセラセラというのがある。このお母様の生き方の基本は、「ケセラセラ、成るように成る」のような気がする。2人のお母様は辛い事、悲しい事もあったのだろうが、笑顔を見せるように永遠の場所に旅立っていった。拓郎さん夫婦も同じ道を歩いていく事にきっと何時かなる。その時にやっぱり「ah-面白かった」と言えるような、そんな人生を送りたい。実はとても難しい事だと思う、人間が最期に「ah-面白かった」と言うのは。だが、其処を目指すだけでも良いのでは?と思う。アルバムのラストを飾る運命の1曲。「ah-面白かった」。色々な人達の事が浮かんだ。ありのままで。

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「You Know I’m No Good」Amy Winehouse


You Know I’m No Good (Live At Porchester Hall / 2007)


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幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬 鑑賞

時系列的には吉田拓郎さんの1985年の「ONE LAST NIGHT IN つま恋」の後の作品。拓郎さんが高杉晋作役で出演されている。

確か、2度目の「つま恋」の後、拓郎さんが音楽活動を休止されるかもしれないという噂があって、拓郎さんも目立った音楽活動はされていなかったような憶えがある。

当時、ラジオ番組でも、この映画についての収録の様子が話題になっていたような憶えがある。

拓郎さんは、ラジオ番組で「とにかく映画を撮るのは大変だ」と仰っていて、その大変さを色々とお話されていたような憶えがある。

幕末を舞台とした映画、ドラマ等は数多いのだが、この作品は、それらとは違った視点で描かれているように感じられた。

挿入曲の「RONIN」は好きな曲なのだが、拓郎さんのアルバムには収録されていない曲だと思う。

脚本の片山蒼は武田鉄矢さんの別名義。武田さんの坂本龍馬像は伝わってくる感じがする。

史実と違う部分は多いと思うのだが何を伝えたかったのか?は解るような感じがする。

ドラマーの浦田賢一さんも参加している。


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吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD (2022.3.11)メモ

今回は311の時の話とフォーライフ設立の時の話があった。フォーライフについては拓郎さんから、その時の真実について聞けて良かった。


detente(紙ジャケット仕様)


メモ

「Together」のお話。エレック時代の「やせっぽちのブルース」のお話なのだが拓郎さんが演奏しているのは「たくろうチャン」。「Together」はブルースコード。「Together」の歌詞の中に Kinki Kidsのお二人と小田和正さんと篠原ともえさんと奈緒さんが実名で登場する。「たくろうチャン」という曲から50年以上経って、地球という星に長居し過ぎたので、そろそろお暇したいという曲。あちらの星では篠原さんとか奈緒さんとかがいて争い事とか無い国で幸せに楽しく暮らしているというニュースが入って来て、それじゃあ、たくろうチャンもそろそろ帰らなきゃ、という感じの歌。来週あたりにチケットを買って、小田和正さんや Kinki Kidsを連れて行くからねというトーキングブルース。

「僕の独り言」Kinki Kids の剛君のアレンジ。レコーディングは都内。拓郎さんはリモートで参加。

リスナーからのメールから。311のお話。311の頃、拓郎さんがチャリティーのコンサートを行っていた。夜10時からラジオ福島で放送が始まった時に流れた「春を待つ手紙」。当時、拓郎さんは弾き語りで「春を待つ手紙」を歌った。この曲を弾き語りで歌うのは生涯初めてだったとの事。


春を待つ手紙


311の頃、拓郎さんは坂崎幸之助さんとラジオ番組をやっていて、リスナーと一緒にハワイに行こう、という企画が決まっていて、しかも3月11日に成田空港を出発するという予定で奥様と二人で荷造りが終わって… 午後の2時過ぎ…。そして、ハワイ行きは中止。ただ、ハワイの事よりも、あの時、原発の事とか改めて突きつけられた。人類はそういう危険な事と一緒に暮らしながら、平和というバランスを保っているという事が解ったという瞬間だった。あれから11年。【黙祷】

アルバムは限りなく完成に近付いている。来月、発売日を発表?こういう社会状況だからこそ、クオリティーが高い。今だから出来る。

1曲目。争い事はいけない。武器を捨ててもらいたい。地球に住んでいる我々は愛を目指すべきなのではないか?愛を目指すべきだというメッセージ。昔、高杉晋作という若者がいて、多分、心の中で、こう呟いていたのではないか? 《俺たちは争い事はいかんよ。武器を捨てて、地球に住んでいる俺たちは愛を目指そうよ。》と心の中に呟いていたような気がして高杉晋作という役を演じながら拓郎さんの思いで、この曲を書いた。これを今、聴いてもらいたい「RONIN」。


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リスナーからのメール「ごめんね青春」佳代さんについてのお話。運命は一寸先は解らない。「マンハッタンラブストーリー」のお話。

コーヒーをたしなめない人生。コーヒーの香りは好きだが飲めない。コーヒーの歌は岡本おさみは沢山作っていたが歌っている拓郎さんはコーヒーの世界を知らなかった。

2曲目。珍しい曲。「LIVE 2019」のボーカルコーラスチームのメンバーと楽しく演奏した。あの名古屋ライブは拓郎さんにとって宝物になっている。その彼らと演奏した。ツーコーラス目から緩い。可愛い良い曲。フルコーラス「僕のあたらしい歌」


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3月は懐かしい男達のエピソード。南こうせつさんの話。こうせつさんは雨男。南こうせつさんがイベントをやろうとすると必ず嵐が来たり雨が降ったりする。ゲストに呼ぶと雨になるのでアウトドアの野外コンサートでこうせつを呼ばない方が良いという業界のジンクスがある。福岡のサマーピクニックに拓郎さんが一度だけゲスト出演した時、前日の晩まで地元は大雨で中止も考えていたらしいが、ところが拓郎さんは晴れ男(こうせつさんとは真逆)で拓郎さんが行くと晴れる。晴れ男と雨男では気が合わない。拓郎さんがサマーピクニックに参加するという事で現地に入った瞬間に晴れ間が青空が広がって完璧に天気が回復した。「つま恋」も、こうせつさんがいると雨が降るという事で懸念されたが、拓郎さんがいたので晴れた。《拓郎さんは晴れ、こうせつさんは雨》

泉谷しげる。70年代初期、エレックレコードで一緒にいた事がある。エレックの泉谷しげるのデビューコンサートで、泉谷が客席に向かって《客だと思って偉そうにするんじゃない!》とアジテーション。当時、業界は《お客様は神様です》が定着しているこの時期に芸能社会に対して一撃を加えている。

フォーライフ、拓郎さんと泉谷さんは同じようなハートを持っていて、小室さんや陽水さんとは合わないという事なのだが若い時は解らなくなっていた。拓郎さんと泉谷さんは、その後も個人的に付き合いが続く事になって行くのだが、拓郎さんは小室さんとは25年以上付き合いが無いし、陽水さんとも10年以上付き合いが無い。本当は気が合わないのを泉谷さんは若い時から解っていた。

フォーライフに関する番組の話。あの番組を見ていると「つま恋」とフォーライフ設立は恰も関係あるように作られているが、関係は無い。「つま恋」とフォーライフは関係無い。「つま恋」は拓郎さんと雨男の南こうせつさん。「つま恋」とフォーライフは同じ時期だったというだけで両方共絡んでいるのは拓郎さんだけ。フォーライフは若者の大いなる勘違い。フォーライフに参加した若い社員達、その家族達が一番辛い思いをしている。だから泉谷さんは自分に正直に動いて辞めた(責任を取った)。拓郎さんはあの時に辞めないように説得したが泉谷さんは《拓郎は俺にとってはダチだから拓郎が社長になっちゃうと言いにくくなって付き合いにくくなる》と嘆いていて、拓郎さんは涙を飲んで泉谷さんを送り出した。拓郎さんは川村ゆうこさんや原田真二さん等を沢山デビューさせて、会社は4人だけではない、沢山、若いアーチストをデビューさせる、それが本当は夢だったのだから。だが、誰も後輩を育てようという、そぶりも雰囲気も無い。若い人のレコーディングを見にも来ない。若い才能をフォーライフの為に探したり育てたり、そういう事をしないで、何時迄も夢のような話に酔っているのはいけない。結局、言っている事は新しい事を言っているように見えるが企画力やアイデア力やレコード業界とか芸能界とか全く付き合いも出来ないのに風呂敷ばかり大きくなって、フォークって言えばOKだみたいな話では誰も付いてこない。誰もついて来ない先輩になった事が問題。音楽は必ず伝承されるものだから、若い人がそこを見習ってくれないとという事が基本的にあるはず。だから泉谷さんが一番正しかった。その後、拓郎さんと泉谷さんとの付き合いは続いて泉谷さんの企画で普賢岳のチャリティーコンサートをやったり、武道館での日本を救えバンドを作ったりして、拓郎さんと泉谷さんは同じ釜の飯を食ったというのが残った。

高田渡さんのお話。ステージの上で寝ちゃったシンガー。これこそフォーク。これは前代未聞でその後も無いと思われる。拓郎さんと渡さんは正反対と思われているかもしれないが意外と気が合っていた。渡さんが拓郎さんにバーボンを教えた。

札幌に行きつけのバーがあって、バーのママさんが豪快で北海道女性の典型な人で、ツアーとかで新しい人が入るとママの洗礼を受けるという暗黙のルールがあって…。スチールギターの駒沢裕城さんがバンドに入った。駒沢さんは真面目な青年で移動中も必ず読書に耽る文学青年でお酒も飲まない。駒沢さんもママの洗礼を受けた。駒沢さんは事態が飲み込めないまま呆然。それから数日経って次のコンサート、九州の方に移動という事で東京駅に集合。バンドのメンバーはグリーン車の中で到着まで時間がかかるから寝ていようという雰囲気の中で駒沢さんは《今夜はどんなところで飲む予定なんですか?》と皆に話しかけていた。

3曲目。昔のツアー音源。アルバム「デタント」の頃の音源。鎌田夫妻達のバンド。拓郎さんは、その頃、マネージメントの人と折り合いが悪く、ある日、拓郎さんがエッセイ集を書こうという事で出版社を探してもらったら、その人は乗り気の出版社が見つからないという事で、後日、拓郎さんが知り合いの編集者に聞いたら、《そんな話は聴いていない》との事。それで、そのマネージャーとは別れた。そこから拓郎さんの運命が開け始めて、少しずつ Kinki Kidsとの出会いとかが始まって運命的なものが、そこから変わっていった。「たえなる時に」


detente(紙ジャケット仕様)


5曲目。もっと自分らしさというか、自分の道、自分にしか出来ない。人間は「個」なんだ。そういう気持ちで人間は立ったり歩いたり進んで行ったり、そうやって行きませんかね?という歌を作った。タイトルは「アウトロ」。個人的な拓郎さんの締めくくり「イントロ」に対して「アウトロ」。自分らしく生きる愛する育む消える。「アウトロ」

6曲目。「Somethin’ Stupid」恋の一言。フランク・シナトラとナンシー・シナトラのデュエット。全米ナンバーワンに輝いた曲。


Somethin' Stupid